泣かないで、楓
「探しとるもんは、これか?」

 突如、洗面所に大きな剣がヌッ、と現れた。

「玄関にあったわ。ちゃんと入れにゃぁ」

 そして、身長180センチくらいの、大きな男が現れた。

「あっ、お、おはようございます」

 僕と楓は声を合わし、大きな声で挨拶をした。事務所の古株の先輩である、南 吉伸(みなみ よしのぶ)さんだった。

「楓は忘れっぽい人じゃけぇ。気ぃつけてぇや」

 そう言うと吉伸先輩は、手のひらで楓の頭をポンポン、と叩いた。

「はぁ……」

 楓は、明らかに不服そうな声を上げた。

「恭平、おったんか」

 吉伸先輩は、大きな目でギョロり、と僕をにらんだ。

「後で話があるけん、俺ん所まで来てぇや」

 そう言うと吉伸先輩は、スタスタと洗面所を立ち去った。

「何やあの人。好きでもない人に頭ポンポンされたら、殺意しか芽生えんわ」
「楓、先輩の事キライなの?」

 僕は手で、タオルの水しぶきをパンパン、と振り払いながら、楓に聞いた。

「好きも何も。何か、生理的に無理やん」
「何で?」
「……別に、アンタには関係ないやろ」

 そう言うと楓は、足早に洗面所を去った。まぁ確かに、楓と僕は、何の関係もないが。
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