世界が終わる音を聴いた

芦原千夜子という生のなかで、たくさんの幸福があった。
歌うこと、音楽ができることへの幸せ。
人と共に笑い合える楽しさ。
些細な幸せはきりがない。
それは、生きることが幸せだったことに他ならない。

けれど同時に芦原千夜子という生のなかで、いくつもの後悔もした。
もっともっとこうしていれば、こうだったら。
諦めたこと、知らないふりをしたこと。
諦めることは後悔を断ち切ることだと思った日もあった。
知らないふりをして自分の気持ちに蓋をした日もあった。
心の奥底に、諦めきれていない自分を知ったとき、過ぎた時間に後悔した。
そして流れる時の尊さを知った。


ねぇ、ハデス。
あなたは見ていてくれたでしょう?
諦めなかったよ、最後は。
思い通りの人生だったとは到底言えない。
でも、私の人生も捨てたもんじゃなかったよ。

実体を持たない、意識だけの存在。
呟いたはずの『ありがとう』は、音にできたのかもわからない。
それさえも今、霧散する。
光に溶けていくのが分かる。
それが心地よくて、感じるままに、意識を委ねた。



光が、人の心に降り注ぐ。
世界は呟く。
人の心を。
魂の最後の声を――……。









世界が終わる音を聴いた・完



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