世界が終わる音を聴いた



気がつけば俺は、真っ白のタキシードに身を包み、見覚えの無いペンダントをぶら下げていた。
体をめぐる血脈を感じない。
何より、体に重みを感じない。

死、とは、これほどまでに簡単なことだったのか。

単純に俺はそう感じた。
もう、君のいない世界を生きなくてもいいのだ、と。
不意に、何かに呼ばれた気がした。
呼ばれた方へと意識を向けると、ふわりと場面が転換した。
そこは見慣れた、あまりにも見慣れた場所だ。

薔薇屋敷。
春の日差しを今か今かと植物たちが待っている。
その片隅に、不穏なモノを感じた。
黒く澱んだものがぐるぐると渦巻いている。
この庭で過ごした近くて遠い日々を思い出すと、それが何かに反応したようにピクリと動いた。

「ハデス……」

確かに聞こえたその声に、俺は驚きを隠せなかった。
死んだはずのルナが、そこにいたからだ。
黒く渦巻いていたものが次第に解けて、姿を表したのは紛れもなく俺の最愛の人。

「ハデス、もう一度会いたかった。きっとあなたは、私の魂の片割れね」

そう言って、指が触れあった、刹那。
彼女は光に包まれた。
霊体と魂とが分かれていく。
大気に溶け、あるべき場所へと還っていく。
それを俺は見送り、そして同時に理解した。

俺はもう二度と、君と共に生きることは出来ないのだ、と。



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