世界が終わる音を聴いた

リビングに下りていくとネクタイは外されているものの、まだスーツ姿の父がいた。
テーブルに並んだご飯が早く食べろと言ってるみたいだ。

「おぉ、千夜子。今日は早いんだな」
「お父さんも」
「うん?いや最近は大体このくらいだ」
「そう?」
「どちらかと言えば最近は千夜子の方が遅かったじゃないか」
「それもそうだね」

「さ、拝みましょうか」

父との会話を割り入るように母が声を掛ける。
いつも通り。
いたって、いつも通りの平和な家族の日常だ。


母の声を合図に、私たちはリビングに続く和室へ向かう。
そこには、古い和箪笥と、きれいに手入れされた仏壇が置かれていた。
お位牌はふたつ。
ひとつは『芦原家先祖代々』のもの。
そしてもうひとつは……『―――信女』と印されている。
それは未だ、新しささえ感じる。

ろうそくに灯をともし、お線香を立てる。
ふわりとお線香の香りがそこに漂う。
正座で仏壇、つまり仏様と向き合うと、父がお鈴を鳴らす。
静寂から小高いチーン、という音が響くと自然と背筋が延びた。
お鈴の音は、弔いの音だ。
一般には、お経を読む合図であるため手を合わせるだけでは必要ない、とも言われるが、仏壇が我が家にやって来たときにお寺さんから言われたそうだ。

『このお鈴の音というのは、空の上、つまり仏さんにも聞こえる音と言われてます。なので、この音を鳴らすだけでも供養になるんですよ。手を合わせるときには、鳴らしてもらって構いません』

私たちは、その言葉を受け入れ、手を合わせるときには、必ずお鈴を鳴らしてから、南無阿弥陀仏、とお念仏を唱えるのだ。
すると不思議と、少し息が吐ける気がした。
ろうそくの灯を消し、ようやくテーブルを囲む。
平和な優しい日常だ。


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