忘れたはずの恋
「本当にあの人は藤野君なんですか?」

2コーナーの、マシンが良く見える場所に行き、私は吉田総括と相馬課長に聞いた。
二人とも頷いている。

マシンのカラーリングで藤野君のチームだというのがわかるくらいで…。
あのヘルメットの下は本当に藤野君だろうか、と思うくらい、普段の藤野君からは想像も出来ないくらい…

凄かった。

どうしたらあんなにバイクが斜めになるの?

肩が路面に着きそうなんだけど!
初めて見る、ロードレースは目を丸くする事ばかりだった。

「…藤野はね。
去年の途中まで今よりも恵まれた環境で走ってたんだよ」

相馬課長がどことなく言い辛そうに口を開いた。

私は一旦視線をコースから外し、相馬課長に向ける。

「…有名な高校生ライダーだったんだけどね。
シーズン途中でチーム、特に監督と、かな。
揉めて、一度レースに出る事を辞めたんだよ」

「…辞めた?」

思わず眉を寄せた。

「同じチームの、中学生ライダーの親がその監督でね。
彼は親との確執に苦しんでいた。
見るに見かねて、庇ったらしくて。
それが監督の逆鱗に触れて…。
藤野も真っ直ぐだし、まだまだ子供だし。
言ってはいけない事を言った、と本人は言っていたけどね。
藤野の普段の言葉使いや所作からそれほどの事を言うのかなって。
…俺が思うにはその監督の方が子供なんじゃないかって思う」

「…ややこしい世界ですね」

吉田総括はうんうん、と頷いて

「その通り!ややこしいですね。
今、藤野がいるチームと、去年まで藤野がいたチームは昔から因縁があってね。
さっき、会った祥太郎君が藤野を今のチームに引っ張ったんだよ。
…電撃移籍に近かったね」

その後、色々と話を聞いたけれど、半分くらいよくわからなかった。

わからなかったけれど、そんな中でも藤野君は絶対に他人にはその複雑な心境を語らなかったし、今でも黙っている。

周りの人に対してはニコニコと笑っているという事だった。
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