忘れたはずの恋
「色々とありがとうございました」

私は朝、早くに藤野君の家を出る準備をする。
いつまでもここにはいられないと思って。

「…今出ると、出勤する社員と鉢合わせになるかもしれないですよ。
出るなら8時半以降の方がいいと思います」

藤野君は朝食まで用意してくれている。

「それと、送りますよ。
バイクの後ろ、乗ってみます?嫌なら電車に一緒に乗って、家の前まで送ります」

「いや、家の前は…」

「ダメですよ、ちゃんと見届けないと」

そう言う藤野君の目は笑っていなかった。
私が自殺でもするんじゃないか、って思われているみたい。

「…親に見られたら何て言われるか」

何気に言った言葉に藤野君は明らかに顔色を変えた。

「…言われて嫌な思いをするくらい、僕の事が嫌ですか?」

私は慌てて首を横に振る。

「そんなつもりじゃ…」

「でも、言われて嫌なんですよね?」

「そうじゃなくて…」

「誤解されたくない、ですか?」

そう!まさしくそれ!

私は激しく頷いた。

「…僕は誤解されても別に良いですけど」

「ダメダメ!
うちの親は早とちりするから」

「何を?」

私は大きくため息をつく。
髪の毛を掻き上げた。

「藤野君はまだまだ若いから言われないだろうけれど、私みたいな年齢で朝帰り、しかも送ってもらったってなれば相手は結婚相手か?って言われるの!」

…と言って、後悔した。

藤野君は目を丸くしている。
彼に当たってもどうしようもないのに。

「…じゃあ、そう言えば良いと思います。
僕は全然構いません」

それって、どういう意味?

「とにかく、送りますから」

藤野君は目の前のグラスに冷茶を注いだ。
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