忘れたはずの恋
「で、いつまでスネてるの?」

ガレージ内では片付けが始まっていた。
作業している隣にお母さんは仁王立ちになり、藤野君を詰めている。

…本当に怖い。

可愛らしい顔つきとは裏腹に、怖い。

「もう、何も言わないでよ」

藤野君はマシンを動かす。

「あ、そう。
そんな態度を取るの。
じゃあ、もう彼女の事は完全に忘れるのね?」

藤野君は頷く。

…私の胸は痛い。
年齢を気にしたせいでこんな事になってしまって、自業自得だ。

「ふーん、じゃあこーちゃんの同期入社の人に彼女を盗られてもいいのね?」

藤野君の動きが止まった。
見兼ねたメカニック担当者が藤野君からマシンを取り上げるようにトランポへ運んでいった。

「はあ?なんで?」

チラッと藤野君は私を見つめる。

「諦めるんでしょ?
だったら盗られても仕方がないじゃない?」

藤野君の肩が震え始めた。

握り拳がブルブル震えている。

「あ…」

何かを言おうとしたけれど、顔を真っ赤にして何も言えない。

「こーちゃん。
あなたが勝手に彼女を賭けて、本当にツマンナイ負け方をして。
彼女はね、今日のレースで自分の限界を超えてみせたこーちゃんが凄く眩しくて…。だからこーちゃんの勝ち負け関係なしにこーちゃんと付き合いたいって言ってくれているのよ?」

今にも泣きそうな、幼い顔をした藤野君がこちらを見つめる。

私はそのまま藤野君を見つめた。



…もう、彼からは逃げない。



「あなたの事を理解しようとしてくれる、数少ない人なのよ。
わかる?
そんな人を手離すの?
こーちゃんの気持ちはそんな浮わついたものなの?」



瞬きをした瞬間、顔面に固い感触を感じる。

「本当にごめんなさい」

いつの間にか、藤野君に抱き締められていた。

私の顔面は完全に藤野君の胸の中。

…窒息しそうなくらい、ギュッ、と力を入れられた。
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