忘れたはずの恋
吉田総括の話

1.有名人なんて管理出来るのか?

ホッとした。
藤野と吉永さんがようやく素直になってくれて。
この二人が上手くいかなければ、自分たちの事も世間から否定されるようなものだと、思ったりもした。

10歳以上の、女性が年上のカップルは世間から見れば格好の餌食。

「物好きだねえ」

なんて言葉、何度投げかけられたか。
それでも平然としていられるのは、真っ直ぐに彼女が好きだから。
10歳年上の妻でも、僕にとって大切な人なんだ。

吉永さんがずっと藤野を拒んでいたのもよくわかる。
僕もずっと拒まれていたから。

だから、最初に藤野がその想いを打ち明けてきたときに戸惑ったんだ。

もう、半年近く前の話なる。



「どこかで見た名前だなあ」

3月下旬。

4月1日付の人事異動で入れ替えのある名前を見ていた。

『藤野 幸平』

高卒の新入社員。
同姓同名なんてどこにでもあるからな。
なんて、思っていたのに。
4月に入り、研修を終えた彼が出勤してきた日に目を丸くした。

…ああ。
今年からJSBで走る藤野幸平、本人だ。

「まさか、こんなところに就職するとはね」

僕と同じ二輪ロードレースファンの相馬課長が嬉しそうに僕のところへやって来た。

「ええ、びっくりしました」

3班、三木さんの班か。
まあ、あそこなら大丈夫かな。

「あとで少し、お話してきます」

僕は相馬課長に行った。

「俺もお供しまーす!!」



「初日、どうでした?」

夕方、班でぼんやりと地図を見ながら考え込んでいる藤野を見て、僕は声を掛けた。

「あ、何となく土地勘のある地域だったのでホッとしました」

「K-Racing?」

藤野の目が大きく見開く。

「ご存知ですか?」

僕は大きく頷いて

「知ってます。これでも一応、モータースポーツ、好きなんですよ」

確か班長の三木さんから聞いたけれど、藤野が配達するところは偶然にも彼の所属するチームでもあるバイク屋さんがある。

「俺たちにしてみれば、ここに君がいる事がびっくりだよ!」

相馬課長が笑いながら言う。

「将来有望なライダーがこんなところにいるなんて…でも、もっと違う職例えばバイク関連の仕事や大学とかは考えなかったの?」

それは僕も思った。
大学行きながらレースするとかは考えなかったのかな。

「僕、とにかく働きたかったんです。
勉強は嫌いじゃないけれど、何を選んで良いのかわからなかったし。
バイク関連は…色々とあるので止めました」

相手に不快感を与えない口調。

そして微笑。

本当に高卒か?と思うくらい、大人びていた。
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