忘れたはずの恋
「で、今のチームはどう?」

相馬課長、僕が聞きたいことをズバッと聞いてくれる。

「ええ、すごくいいチームです。
アットホームで、信頼できます」

彼は去年、所属していたチーム監督との軋轢でシーズン途中にレース参戦しなくなった。
チームも辞めて、でも、自力ではレースに出る余裕もなくて。
確か、お父さんがIT系の会社社長で本気で頼めば出られたはずだけど。
その『親の庇護』を極端に嫌った為に、チャンスを失ってしまった。

シーズン終了後、今のチームのライダーが声を掛けてくれて今シーズンは再びその世界に戻る事が出来たという話は有名。

「今年、応援に行くよ」

「本当ですか?」

そう言って満面の笑みを浮かべる藤野はまだまだ子供の部分が残っている。
可愛らしい奴だと思う。
でも、サーキットに立てば。
そんな可愛らしさは吹っ飛んでしまう。

周りのほとんどは藤野のそういう一面を知らない。

けれど、知っている僕は気が重い。

こんな凄い子が同じ職場にいて管理する立場にいることが…。

育て方を万が一、間違えたらどうしよう。



そんな藤野が4月も終わりの頃に僕のところへやって来た。

「あの…総務の吉永さんってどんな人ですか?」

思わずむせかけた。

「えっ?」

「昨日、トレーニング中に会ったんですよ。
総務の送別会の帰りだったらしくて。
色々と話していたら僕のレースを見に来たいって言ってくださって」

へえ、吉永さん。
きっと藤野に会話を合わせましたね。

「まあ、良い人には違いないですけど。
ちなみにGW明けには私の直属に異動してきますけど」

「知ってます。班長と吉永さんがそんな話をしていました」

ふーん、そうなんだ。
ちゃっかり聞いていたんだ。
藤野、君…そうか。

「気になります?吉永さんの事。」

藤野の顔が真っ赤になった。

本当に可愛い奴め。
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