忘れたはずの恋
決勝は10位でフィニッシュ。
藤野、初めて8耐に出てこの成績。
環境にも運にも恵まれたレースだと思った。

「吉永さん」

それから数日後、僕は妻から貰った水玉封筒を吉永さんに渡す。

「何ですか、これ」

不思議そうな顔をして吉永さんはその封筒を受け取り、そっと開ける。

「げっ!!」

明らかに顔が引きつってますよ。
そんなに嫌な顔をしなくても。

「まあ、スマホに送っているのと一緒のものですが。
この方がアルバムにでも貼れるかと思いまして」

ニコニコ笑って言ってみた。

「…はあ、ありがとうございます」

吉永さん、明らかに困っている。

…また総務のあの子が余計な事でも言ったのかな。

そのまま、引き出しに入れた吉永さん。
背中越しに大きなため息をつくのを見て僕は複雑な気持ちになる。

早希子さんも…こんな風に悩んでいたんだろう。

自分の妻と吉永さんがダブって見える。
だからこそ、吉永さんには幸せになって欲しい。

とはいえ。
とにかくお金がかかるレースをしている藤野で本当に幸せになれるかどうか。
それはまた別問題。
藤野…きっと給料のほとんどをレースに突っ込んでいるだろうし。
それだけで…足りないだろうし。

僕はもう怪我で引退していたからその点、問題なかったんだけど。

果たして、本当に幸せになれるだろうか。

まあ、藤野のようなライダーなら、困っているなら何らかの援助はあるだろうけれど。
個人スポンサーも多そうだし。
…しかし、なんで僕がこんなことで悩んでいるんだろう。
ふと我に返り、笑いそうになる。



「…総括?」

いつの間にか隣に藤野が立っている!!

「びっくりした…」

本当に、まさか今、脳内で考えていた人間が隣にいるとは思わなかった。

「お忙しいのに申し訳ございません。
8耐に来て頂いてありがとうございました」

そうだ、レース後初出社か。

「良いレースだったよ」

そう言うと藤野は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」

深々と頭を下げる藤野。
こういうところが…応援したくなっちゃうんだよね。

「そうだ」

もう一通。
早希子さんから貰った水玉封筒。

「どうぞ」

藤野は軽く頭を下げてそれを受け取り、中身を確認する。

「…えー!!!!!」

吉永さんとは正反対の…嬉しそうな顔。
この顔、見せてやりたかったよ。
残念、今、吉永さんは離席している。

「携帯にも送って頂いたのに…わざわざプリントまで。
本当にありがとうございます」

いやー…本当に可愛い奴だわ。
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