忘れたはずの恋
そして季節は巡る
「久しぶり、元気にしてた?」

約4か月ぶりに見る吉田総括と相馬課長。

「はい、ご無沙汰しております」

真夏の太陽が容赦なく照りつけて私の体力を奪う。

局長と吉田総括が今後の事を考えて年明けから私を異動するように働きかけてくださってこの3月、上手く空きが出て異動した。

お世話になった皆さんと幸平君と離れるのは少し寂しかったけれど。

異動と同時に私の苗字も変わった。

式はごく身内だけで行い、それだけじゃ寂しいからと吉田総括と相馬課長がちょっとしたお祝いパーティを仲の良い職場の人たちを集めてしてくださった。

「吉永さん…じゃなくて藤野さん、体調はどうですか?」

吉田総括は私の顔を見てからその視線を下に。

「…実はまだまだ吐き気が止まらなくて」

異動してしばらくしてから妊娠が分かった。
けど、悪阻が酷くて…。
異動した直後は周りにも気を使うし、辛くて仕方がなかったけれど周りの方が子育て世代真っ盛りの方たちで、助けていただいた。
おかげで何とか仕事も出来ている。

「そうですか、何事も無理は禁物ですよ」

今回は幸平君のお父さんの御好意で空調完備の部屋を用意してくださって快適な観戦。
吉田総括と相馬課長も一緒、もちろん幸平君のご両親も。

「今からバイクに乗るための胎教、かな?」

相馬課長は楽しそうに言う。

「最近、よくお腹を蹴るんです。幸平君が走っているのを見ると」

そう言うと吉田総括はうんうん、と頷いて

「お母さんが楽しい、と思っているから赤ちゃんも嬉しいんでしょうね。将来が楽しみかな」

私はぶんぶん、と首を横に振る。

「幸平君は乗せないって言ってます」

「「何で?」」

吉田総括と相馬課長の声が重なる。

「危ないから、ですって」

自分の事は棚に置いて…。
私は思わず笑ってしまった。
それを聞いた吉田総括達も笑ってる。

「でも、今年は良いですよね、藤野」

そう、幸平君。
去年は最高峰クラスデビューの年だったけれど、この2年目。
全日本では上位に食い込むレースを見せてくれている。

この8耐も予選でまさかの9位に入り、チームや関係者は大変な騒ぎになっている。

「1年前では考えられない話ですよね」

吉田総括のその言葉に頷く。
本当に信じられない。

「でも、本当に良かったです。二人だからこそ、この短い間で愛を育めたのですよ」

ああ、そんな顔が赤くなるような事を言わないでください、総括。

決勝前のチーム紹介のコールがされて幸平君たちがお客さんに手を振っている。
その姿が眩しい。

あそこにいる幸平君は私の良く知っている幸平君とは違う。
そう、違う世界の幸平君。

どうか、この8時間を無事に走り切りますように。
笑顔でフィニッシュ出来ますように。

「あ…」

私の小さな呟きに周りは大丈夫か?というような視線を向けてきた。
違う、と首を横に振って

「今、お腹、ずっと蹴られています」

ホッとした空気が流れる。

ママと一緒に、パパのカッコイイ姿を見ようね。

そうお腹を撫でながら心で呟いた。



自分の限界を超えて私に夢を頂戴、幸平君。

熱い戦いが今、始まった。
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