忘れたはずの恋
葵はフフッ、と笑って

「本当に泣き虫だねえ、幸平君」

僕の涙を手で拭った。

「幸平君のお父さんもお母さんも言ってたわよ。
ああ見えても泣き虫だから、年下の上に更に頼りないかもって」

どうして、父さんと母さん?

「幸平君との年齢の差より、私は御両親の方が近いのよ。
それがどうしても引っかかるって言ったらそんな事は気にしないで、と。
二人がそれで幸せになれるなら何も反対しないからって」

そう言うと葵は自分の鞄を取って中から何やら取り出した。

それを僕は受け取る。

「…これ」

婚姻届と僕の両親の同意書。
しかも婚姻届にはもう葵の名前は書いてある。

「幸平君は経済的な事で悩むと思ってた。
私も本当にこれで良いのか、ご両親と会って話をしていたのよ。
結婚するからには私も覚悟しないといけない。
で、決めたの」

少しだけ、葵の手が震えていた。

「結婚しよう、幸平君。
家の事は私頑張るから。
幸平君は自分の道をしっかりと進んでほしい。
そして、私にもその夢をほんの少しでいいから分けて欲しいの。
一緒に夢を見ることくらい、良いよね?」

声を出そうとしても出せなかった。
ただ、ただ頷くだけ。
頑張って、涙は堪えた。

もちろん、一緒に夢を見よう。
いやそれは夢じゃなく…。

「絶対に結果を出します」

絶対に…掴んでやる、最高の景色を一緒に見よう。





ただ。

「…父さんと母さんと食事でもしたの?」

問題はそこ。

「えっ、うん」

「…ずるい」

「えっ、どうして?」

「僕も一緒に行きたかったー!!」

「結婚していいのかどうか、相談しに行ってるのにどうして一緒なのよ!!」

「一緒でいいじゃないかー!!」

「嫌よ、恥ずかしいじゃない、というか相談しに行ってる意味がない!!」

と言って、僕たちは顔を見合わせて笑った。
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