金魚鉢には金魚がいない
白道の足跡
空が白めきだしてまだ誰もが眠っている頃、姉はいつも二階のベランダで空を見ていた。

煙草を片手に空を仰ぐ姉の横顔はミルキー色の空間ではあまりに頼りなくて、今にも消え入りそうに淋しくて、私はいつだって息を飲んだ。          姉が明け方にベランダに出て煙草を吸っている時、私はできる限り隣にいて同じ空の下遠い遥かを眺めていた。
 私が幼いころから変にませていたのは多分、姉の中に住み着く闇を少しでも解ってあげたかったからだ。 空が覚醒しだす頃、姉の表情は少しづつアンニュイに曇っていく。
「この時間だけが生きているって思えるの。昼間は喧騒と人混みに息が詰まるし、夜は闇が多すぎて、静かすぎて酸素が薄いから、この夜明けだけがうまく呼吸できるのよ。
どうしてこんなに私はうまく生きられないのかな。」
姉は煙草を吸っていた口元を自嘲的に歪めて空を見た。私はいつだってそんな時は言葉に寄り掛かれずに黙り込んでいた。      味方になるのは簡単だけど、彼女の云われぬ不安を払拭してあげるには私はあまりに幼すぎたんだ。
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