夏の亡骸
透き通るような黒髪に、夏に似合わない真っ白な肌が綺麗で、僕はまるで夢でも見ているような気持ちで、攫われた心の在処を探しては、手を伸ばした。
伸ばした手を、あの人はいとも容易く捕まえて、またひとつ、微笑んだ。
海へ行って、花火を見た。夜空色の浴衣を着た僕の手を、あの人は優しく握って、かわいいね、と言ったのだ。
何も変わっていないはずなのに、何かが変わってしまったような気がするのはなぜだろう。終わってしまえばこんなにも呆気ないものなのに、どうして、胸のざわつきは、消えないのだろう。
手に入らないと、何も変わらないと、何度も何度も言い聞かせている。知っている。
明日になれば、またいつも通りの日常を、夏が来る前と同じように過ごしていく。僕は僕のまま、夏が来る前と、おんなじように。
“ごめんね、じゃあね”
高くも低くもない声で、そんな一言を置いていったきり、あの人は僕の手をあの日から一度も捕まえてはくれなかった。わかっていただろう、当然だろうと何度も何度も言い聞かせている。知っている。
確かに何かが変わってしまったはずなのに、何も変わらないような顔をするのはなぜだろう。
わかっている。
きっと二度と袖を通されることのない藍色に咲いた朝顔が、クローゼットの陰に隠れて、秋を待っていた。
【夏の亡骸】
(かなしみは、夏の終わりを装って、心の上辺に牙を剥く)