イジワルな彼に今日も狙われているんです。
私の隣りで一瞬不機嫌そうに顔を歪めた尾形さんは、エレベーターホールにたどり着くとのぼりのボタンを押した。

すぐに到着したエレベーター内に自らすぐは乗り込まず、片手でドアを抑えながら『どうぞ』と視線でうながされる。


……こういうさりげない気遣いができるところも、モテる理由のひとつなんだろうなぁ。

頭の中でこっそりそんなことを思うけれど、わざわざ本人に伝えることはしない。ただ軽く会釈しつつも、先にエレベーターへと乗り込んだ。

念のため確認してみればこのまま彼は自分の所属する部署に戻るとのことだったので、量販営業部がある13階と自分がこれから向かう12階のボタンを押す。

動き出したふたりきりの箱の中、ふと思いついたように尾形さんが顔をこちらに向けてきた。



「そうだ、俺今日は早く上がれそうなんだ。木下、飲みに付き合ってくれない?」



刹那、私はじっとその声の主を見据える。

地毛だという焦げ茶色のやわらかそうな髪。くっきりと二重の線があるアーモンド型で色素の薄い瞳。

先ほどの女子社員だけじゃない。それこそ不特定多数の女性たちが一同に「イケメン」「目の保養」と噂する社内の有名人が、今は自分だけを見つめている。

私は彼からおもむろに視線を外し、わざと堅い声で答えた。



「……いいですよ。終われそうな時間を教えていただければ、待ってます」

「よし。じゃ、また後で連絡するわ」



言うなりくしゃくしゃと後頭部の髪を掻き回される。今日はおろしているにしてもそれなりの手間をかけてセットした賜物なのに、と反射的にうらめしげな視線を向けかけたところで、エレベーターが目的の階に到着してしまった。

悪びれた様子もなく、尾形さんがひらりと片手を振る。



「じゃーな、お疲れー」

「……お疲れさまです」



一応挨拶は返すけど、箱の外から彼を見送る私の顔はたぶん拗ねたものになっているのだろう。

完全にエレベーターのドアが閉まったところで、乱れた髪を整えながら小さくため息を吐いた。
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