イジワルな彼に今日も狙われているんです。
きっと。先ほど告白した女性や、その他にもわかりやすく彼に好意を抱いているような女子社員には、賢い彼はこんなふうに気安く触れたり食事に誘ったりしてないし、今後もすることはないのだろう。

ただの同僚にしてはいささか近すぎる気がするこの距離は、たぶん、私にだけ。けれどこれだって別に、私たちの間に恋愛感情が絡んでいるとか、そんな甘ったるいものでもないと理解していた。


だから私はあんな微笑みを向けられたからって自惚れてもないし、後輩としての適正な距離を自分から壊そうとも思わない。

尾形さんが私にああやって構うのは──単に“似たもの同士”という前提のせいに、すぎないから。

その理由を、明確に知っているから。



『気持ちはうれしいんだけど、ごめん。俺今は仕事が1番大事で、彼女作る気ないんだ』



……そう、私は知っている。

先ほど彼が慣れた様子でさらりと口にしていたあの断り文句が、実は嘘だということを。


同族意識。類は友を呼ぶ。同じ穴の狢。

自分の所属する部署のオフィスへと足を運びながら、今の自分と尾形さんの関係に例えられそうな言葉をいくつか頭に思い浮かべてみた。

そのどれもが当てはまるような、微妙に違うような。自分でもよくわからなくなって、早々に不毛な思考を放棄する。


彼、尾形 総司さん25歳。
その気になれば彼女のひとりやふたり簡単に作れそうなさわやかスポーツマン系ハイスペックイケメンだけど、どうやら今現在はフリーのご様子。大手飲料品メーカーであるこの株式会社ブルーバード本社の、若手有望株営業マン。

私、木下 さなえ22歳。
その気を出すとか出さないとかのレベルに達する以前に、生まれてこの方彼氏いたことナシの恋愛経験値ド底辺。同じくブルーバード本社のマーケティング部で微力ながらお手伝いさせてもらっている、しがない派遣社員。


性別も年齢も、部署すら違う。そんな私たちの間には、唯一の共通点があった。

彼と私は──……お互い本気で片思いしていた相手に、ここ数ヶ月以内でこっぴどく失恋している。
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