彼岸花。
「おじゃまします」


部屋に入ると、彼女が亡くなる前と驚くほど何も変わっていなかった。


僕は椅子に座る。


このままずっと待っていれば、彼女が帰ってきてくれる気さえした。


「今日は、お父さん以外誰もいらっしゃらないんですね」


「あぁ。みんな出かけていったよ」


お父さんはそう言いながら、そっと僕にお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


「...うちの妻がね。模様替えをしたがらない。片付けもだよ。


困ったもんだ、部屋が汚くなっていく」


冗談交じりに言ったが、やがて悲しい顔になった。


そして、お父さんは浅く頭を下げて言った。


「...悠くん。辛い思いを、させてしまったね。本当に申し訳ない」


僕よりも辛いはずなのに、人のことを気遣える本当にいい人だった。


「何を、言ってるんですか。頭を上げてください。彼女は頑張りました。


それに、僕よりお父さんの方が辛いはずです」


「ありがとう、悠くん」


「いえ...」


辛かった。


お互いに。


どんな言葉をかけたらいいか分からず、ただ沈黙に耐えた。
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