まさか…結婚サギ?
ショッピングを終えて、駐車場に停めてあった貴哉の車に乗り込むと、その密室という環境に、否応なしに昨日の触れるだけのキスが思い出されて、知らず由梨は緊張してしまう。

「運転…好きなんですか?」
「そうだね…嫌いじゃないし、移動手段としては優れてるとも思うしね」
「由梨は、運転は?」
「それなりに、です」
「それなりにか…。免許、持ってるんだね」
貴哉の言わんとするところは、由梨はわかる。

免許、よくとれたね

だ。由梨は友達からいつも、鈍いと思われているので免許を持っている事が意外に思われるのだ。

「その続きはわかりますよ…高速のれるの?と右折出来るの?と駐車できる?」

そう由梨が言うと
貴哉は声をあげて笑った。

「それ、いつも聞かれる?」
くくくっと笑いを堪えながら貴哉は由梨に言う。
「なんです」

「仕事はしっかりやってるように見えるけど?」
「ダメですよ、私向いてないですから」
「向いてないかな?」

向いてると思っていたら、前の病院をやめていなかったと思う。

「向いてない、と思ってるのに続けてるんだ。凄いね由梨」
「駄目だと思わないんですか?」
「なんで?一生懸命仕事をしてるのに、駄目だと思う方がおかしいよ」

その言葉に、由梨は少し嬉しくなる。

「無理しすぎてぶっ倒れるようなヤツにも、優しくしてたし」

「あれは…仕事ですから」
「うん。だから、ちゃんとしてただろ?」

そんな風に何でもない事を認めてもらったような気がして、由梨は照れてしまう。

「貴哉さんは誉め上手ですね」
「そう?由梨限定だけどね」

「貴哉さんと働く人は、いいですね」

そう由梨が言うと、
「多分ね…最悪だと思ってるはずだよ」

くすっと笑う。
「ええ?最悪ですか?」
由梨は運転している貴哉を思わず見つめる。

その横顔と、しっかりと男の人らしい肘下に思わず見とれてしまう。

貴哉は、また同じ場所に車を停めると、
「本当にここで大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。すぐ近くなので」
「そう?じゃあ、気を付けて」
「貴哉さんも…。ついたらまた連絡まってますね」
「じゃあ、また」

降りてから、由梨は貴哉の車を見送るとほぅと息を吐いた。まだまだ緊張しているのだ。

貴哉は由梨の嫌がる事を何一つしてない、むしろ心地よくさせてくれているのに、警戒心を解けなくて申し訳なくなる。

(…本当に…優しい人…なのかも)

別れ際のキスも…されなかったな…。

由梨は思わず想像して、頬を染めた。
もっと…大人のキスをしたら、由梨はいったいどう感じるだろう?触れるだけで心地よかったのに…。




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