まさか…結婚サギ?

翌日ついつい気合いをいれて私服を選んでいた。
といっても、クローゼットに突然服が舞い降りる訳は無くて、結局はいつも通りだ…。
ワンピースと、それとトレンチコートにストールとブーツ。
由梨の髪はほんのすこし茶色にしていて、仕事中はひとつに纏めている。仕事を終えて髪と化粧を直す。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様~」

声を掛け合ってクリニックを出てスマホを操作する。今は1時過ぎ、ランチの時間には少しばかり遅い。

連絡をしようとしたところで
「由梨さん」
と声がかかった。

「あ、紺野さん」
「すみません。離れた所に所にいたのですけど、つい気になって見に来てしまいました」

貴哉はカジュアルな紺色のジャケットとベージュのパンツと昨日より砕けた格好だが、またそれも素敵である

「好きものはありますか?」
「なんでも、食べますよ?」
「それはいいですね」
貴哉はにっこりと微笑んでいる。


貴哉は由梨の隣に並ぶと、その足の長さに思わず見とれてしまう。
顔もスタイルもいいなんて、どれ程ハイスペックなんだ…。

選んだ店はカジュアルフレンチのお店で、ブルーを基調にしたとても落ち着いた大人のお店である。

チェーン店しか行ったことのない由梨はすこし大人になった気持ちがする。
ランチコースを注文すると

「こんなことを聞いてなんですけど…」
貴哉は由梨を見て聞いてくる。
「はい、なんでしょう?」
「由梨さんは今付き合ってる人は?」
「いません。いたら、いくらお礼と言われても来ていませんよ?」
くすくすと笑った。

見かけよりストレートな人なんだな…と思ったからだ。
これまで少し知り合った男たちは、彼氏がいようといまいと関係なさそうだったからだ。

「可愛いのに、いないなんて意外だ」
可愛い、というのは社交辞令だと思っている。

由梨は自分でいうのもなんだが、そこそこ可愛らしい顔立ちと、細身で小柄で程々にモテる容姿をしていると思う。
物凄く美人とか、可愛いとか、不細工とかでなく、お世辞で可愛らしい。といえるレベル。つまり、取っつきやすいのだ。

「ありがとうございます。でも、2年くらい誰もいません」
「俺も、同じです」

ん?と思う。
この人が?何年もいないなんて…と不思議に思うのだ。

「もしかすると特定の一人に出来ないとか?」
からかう気持ちで言ってみる。

「前の、彼女が…いわゆるあの台詞『仕事と私、どっちをとるの?』を言ってから、面倒になって」
「あ~…」

なるほどと思った。

「忙しいと…。そうなりますよね、わかります」
由梨はうなずいた。
「私も、去年までは大学病院にいたんです。でも…忙しくて…休みもなくて…気持ちの余裕もなくて。遂に辞めてしまいました」

ほんの3年、されど3年。
不規則で、厳しい先輩たちのいるその職場は由梨にとってとても辛く厳しい日々だった。
当時付き合っていた彼は、浮気相手と結婚すると別れを告げた。

「それで、今の所に?」
「お給料は下がりましたけど、気持ちは楽になりました」
ニコッと由梨は笑った。

「そう…」
「私が、忙しくて会えなかったからって…浮気されたんですよね…。でも、もうそれも何も感じないくらい、忙しくて…」
由梨はついポロリと言ってしまい
「あ、ごめんなさい。こんな話」
「いえ、凄くわかる。俺も、前の彼女構ってくれないから浮気したとか、こっちを責めてきて」
ふっと貴哉は笑った。

由梨も笑った。

同じ傷を持っている…そして、なぜだか初対面に近いのに話しやすい。

「由梨さんは、どこに住んでるんですか?」
「遠いですよ…一時間かけて来てます。実家なんです」

前は病院の寮だったが、今は実家に帰っている。

「貴哉さんは一人暮らしですか?」
貴哉が由梨さんと呼ぶので、由梨も貴哉さんと呼んでみる。
「はい、社員寮ですね」
「いいですね~、私は今の職場は寮がなくて」
「あと2年で出ないといけない」

貴哉は水をこくりと飲むと

「由梨さんは…看護師さんですけど、仕事をバリバリしたいですか?」
「…こんなことを言うと…引かれちゃうかも知れないですけど…。私、そろそろ結婚したいと思ってます」

これを言って終わるなら、終わればいいと思う。

「私、いまパートなんですよ。仕事をバリバリっていうのに今はとても疲れていて…そういう働き方をしてるんです」
「そうですか…。じつは俺もそろそろ、したいんですよ」
したい、というのは結婚をということ?
「若そうなのに?」
それにとても結婚したそうに見えない。むしろ今時の独身主義に見える。

「26です。若すぎる事もない」
ふっと笑うその顔が、色っぽい。

「由梨さん。俺と結婚を前提に付き合ってみませんか?」
突然の言葉に由梨は驚いた。
「本気…ですか?会ったばかりなのに?」
「歳だって近いでしょ?由梨さん」
「はい、24です」
「俺は、そこそこ顔もいいし、背だって高いし、一応一流の会社で仕事もそこそこできます。将来性抜群でお買い得です」
ニヤリと笑って見せるその顔に由梨は思わず吹き出した。
「自分で言います?」
「自分で売り込まないで、誰が売ってくれますか?俺は営業職だから、自分も売り込みます」
由梨はますます笑った。

格好いいのに、とてもユーモアがある。

「私でいいんですか?売り込み先」
くすくすと笑っていると
「由梨さんの声が…とても好きです。ずっと聞いていたい、そう思ったんです」
「声…?」
「癒されます、とても」

声に関してはとても恥ずかしい。
甘めで、しかも喋り方もおっとりだと言われるのだ。

「恥ずかしいです…」

「点滴の時も、スマホに出てくれた時も、とてもドキドキしました」
貴哉がじっと見つめてきて、よりいっそうドキドキさせられて赤くなった。
「あの…本当に…私でいいんですか?」
「由梨さんで、じゃなくて、由梨さんがいいんです」

きっぱりと言われてとうとう頷いて

「よろしくお願いします」

と小さく言った。

「じゃあ、心置きなく…今からデートに行こうか」
「デート…」
「ベタに、映画とかからで、いい?」
「あ、はい」

すぐ近くの映画館に行くと、貴哉は
「どれがいい?」
今から観れるもののうちから、話題のヒューマンドラマ系と恋愛映画を選んだ。
「こっちか、こっち?」
「恋愛ものは照れ臭くなりそうだから、こっちにしようか?」
「はい」
その率直な言い方にまたしても笑えてしまう。
「照れ臭いって…」

とても格好いいのに、本当に女性なれはしてないのだろうか?

「…笑うけど、本当に慣れてないんだ」
ふぅ、と貴哉は由梨を見下ろしている。

「よく、遊んでそうに見られるんだけど」
確かに何人も女性がいそうに見えるが…。


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