まさか…結婚サギ?
貴哉は親の反対を押しきって一流企業の宝生に就職した。宝生はconnoにまけず劣らず大きな会社である。

そして、貴哉は高校からの友人たちとスキーに出掛けたのたが…なんとそのうちの一人、陸人が骨折したのだ…。
スキー場から貴哉と友人たちで桐王大学附属病院に担ぎ込む。ここはかつて、貴哉が入院したこともある病院であった。

幸い陸人は数日の入院で済みそうだ。
遊びに行っての怪我は、家族に肩身が狭いらしく一緒に行った貴哉たちは陸人に色々気を配っていた。
見舞いに行く前に、貴哉は陸人に電話をする。

「何かいるものは?」
『あー、暇だから本買ってきて』
「どんなの?」
『何でもいい~貴哉にまかせる』
「…わかった」

貴哉は適当に書店の売り出しているものの中から数冊選び、買っていく。

「お、貴哉も来た」

陸人の病室には、祝日というだけあり、他のスキーに行った友人たちも見舞いに来ていたのだ。
「本、買ってきた」
「サンキュ」

陸人は喜んで受けとる。
「なんか、適当に選んできたなぁ。趣味がバラバラ」
「任せるとか言うからだ」

貴哉を含めて大の男が五人も集まると、さすがに相部屋のスペースは狭くなる。
そう感じていると、
「榎原さん」
と看護師がひょこっと入ってくる。

パンツスタイルの白衣と、ひとつにくくった艶々の髪の毛と、マスクをしていて、顔の半分は見えないが、くるんとしたまつ毛のある目許。その可愛いらしい顔だちに貴哉の記憶が刺激される。
(…まさか…)
と思って、ポケットについた名前を見ると花村 由梨と写真つきで名札がある。

「あ、由梨ちゃん。なに?」
「榎原さん、薬は飲みましたか?」
優しげな声だと、貴哉は思った。
「飲んだよ」
「そうですか」
由梨はそう言うと、
「榎原さんすみません、大人数での面会は面会スペースでお願いできますか?車イス持ってきますね」
「あ、よろしく」

てきぱきと働く由梨は車イスを持ってきた。
陸人よりもずいぶん小柄であるのに、陸人の車イス移動を上手く補助している。
「すみません、規則ですので…」
とペコンと貴哉たちにお辞儀をする。

由梨が陸人の車イスを押して、面会スペースに連れていく。
「またベッドに戻るときは声をかけてくださいね」
マスクで口許は見えないが、微笑んだのがわかる。

「由梨ちゃんが来てくれる?」
「手が空いていれば来ますね」

祝日で人が少ないのか、由梨はパタパタと忙しそうである。

「陸人、お前あのナースと仲良しだな」
「可愛いだろ?花村 由梨ちゃん。まだ一年目なんだって」
「へぇ~」
後ろ姿を目で追っているのは、藤原 秀悟である。
「入院中に連絡先でも聞き出せよ」
「由梨ちゃんは、わりと身持ちが堅いのか、優しそうなのにそこは教えてくれないんだな…」
残念そうに陸人が言う。
「彼氏持ちなんじゃないか?」
四条 真也が腕を組んで言う。
「多分な。あ、でも他のナースには何人かアドレス教えてもらった」
へらっと陸人が笑っている。

ふらりと貴哉の元へ姿を現したと思ったら、由梨は胸をざわつかせる。
そして今回も由梨は貴哉を覚えていない。

その事に苛立ちを覚えるのは何故だろう。

忙しそうに点滴を準備したり、パソコンを操作したり電話をしたり…。
ナースステーションの近くで話していると、ついついそんな姿を目にしてしまう。

ただ、それだけの事。
看護師である由梨と、病院で会うのは偶然じゃない。必然で、だから…。

体の辛いときに出会ったから、こんなに貴哉の記憶にしっかりと根付いているのだろうか?他の女たちと違って、貴哉を見もしないからだろうか…。



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