テンポラリーラブ物語
 その次の日、なゆみは早くから本店のシャッターの前で氷室を待っていた。

 誰よりも早く氷室が来るのは知っていたし、きっと二人っきりで話せる時間が少しでもあると思っていた。

 切羽詰まった必死さと相当の覚悟を決めて、なゆみは今にも溺れそうになりながら不安定に立っていた。

 どうすればいいのか相談に乗ってもらおう。

 事情がわかる氷室しか頼る人がいなかった。

 氷室になら怒られようが罵られようが全てを話すことができる。

 ところが、氷室が現れたとき、傍には新しく入ったアルバイトの女の子が肩を並べて一緒に歩いてきた。

 そうだった──。

 自分より後に入ったアルバイトのことを忘れていた。

 何も世話をするのが、なゆみだけとは限らない。

 以前と全く同じじゃないことに、なゆみは気が付いた。

「よお、斉藤じゃないか。どうした朝早く本店に来て」

「お、おはようございます。あの、その」

「なんだ、目が赤いけど、またなんかあったのか」

「いえ、その、今流行ってる映画のチケットがこっちにあったかなと思って、出勤前に確かめようと思ってきました」

 氷室は訝しげな表情をしながらシャッターを開けた。

 身を屈めて先に店の中に入り、明かりをつけた。

 アルバイトの女性がなゆみをちらりと見て、氷室の後に続く。

 化粧は濃いが、モデルのような風貌の美人タイプだった。

 氷室と肩を並べて歩いてた姿は、釣り合っていてとてもゴージャスなカップルに見えた。

 どこか気が引けたが、咄嗟に嘘をついたためになゆみも中に入って、とにかくチケットを見渡すふりをした。

「あっ、やっぱりこっちもなかったです。どうもすみませんでした。それじゃ失礼します」

「おい、斉藤!」

 氷室が呼び止めようとするが、なゆみは聞こえなかったふりをして、するりとシャッターをくぐって走って去っていった。

「なんだあいつ。なんか変だな」

「あの方、隣のビルの支店で働いてる人ですか? すっぴんでしたね」

 アルバイトの奈津子が馬鹿にしたように言った。

「いいんじゃないか。化粧を取って誰だかわからない素顔になるより、すっぴんでも、充分見られる顔の方が。あいつ化粧したら絶対今以上にきれいになるよ。 君は化粧をとった顔、人に見せられるのかい?」

 奈津子は言葉に詰まって言い返せなかった。

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