テンポラリーラブ物語
 辺りはシーンと静まり返り、周りに居た人たちが禁句を聞いたように固まっていた。

 池上は、蔑んだ目つきで睥睨し、普段見せていた慈悲深い笑みからほど遠い怒りを露わにしていた。

 こんな醜悪を他の信者に見せてはいけないと判断し、なゆみをあっさりと見切った。

「わかりました。なゆみさんは脱会ということですね。それではこれ以上お引止めいたしません。どうぞお引取り下さい」

「はい! 今までどうもお世話になりました。それではGod Bless you!」

 あてつけのように、『神のご加護を』という決まり文句を言い放った。

 これでジョンにも通じただろう。

 興奮さめやらないままに、その場を後にして二人は去っていく。

 ジョンが、すれ違いざまに呆然としてなゆみを見ていたことで、少しだけ胸が痛くなってしまった。

 だが、氷室がしっかりと手を繋いで引っ張ってくれたことで、そんな罪悪感もすぐさま過ぎ去った。

 せいせいとして、心が晴れ晴れだった。

 二人はまだ手を繋いだまま、やり遂げた後の達成感と高揚した気分が続いていた。

 どちらもまだ手が離せない密着感を感じ、支えながら歩いていた。


 ──フィアンセのふりしてこれでよかったのだろうか。
 ──フィアンセのふりして氷室さんが助けてくれた。


 どちらも今頃になってからドキドキとして、繋いでる手に神経が集中していった。

 そうなると、婚約者のフリをしたことが、氷室には恥ずかしくなってくる。

「ここまで来たら、手を離しても大丈夫だろう」

「あっ、そうですね」

「いきなりですまなかった」

「そ、そんなことありません。とても心強かったです。ありがとうございます」

「もういいよ。これも、あいつらの言葉を借りれば、神の思し召しなのかもな」

「私、何度氷室さんに助けられたんだろう。感謝しても感謝しきれない」

「だからもういいって言ってるだろ。それにお前だって俺を救ってるんだぞ」

「えっ? 私が? いつ?」

「細かい事は気にするな。ギブアンドテイクでいいじゃないか」

「あっ、そういえば、氷室さん、英語ペラペラ」

「あれくらいどってことない。いつか海外でも仕事したいって思ってたから、自然にそうなっただけだ」

 その言葉に、またなゆみのおせっかいなスイッチが入ってしまった。

「氷室さん、絶対夢を諦めないで下さい。氷室さんがもし過去に何かあって、その時結果的に挫けたとしても、きっとそれは必要な試練だったんじゃないでしょうか。うまくいえないけど、人生に無駄がないっていうのか、その失敗も含めてそれが夢への一歩なんじゃないかなって、その、あの」

「また生意気な口を利いて」

 なゆみは怒られる覚悟を決めて体に力を入れて縮こまった。

「ご、ごめんなさい。折角助けてもらったのに、恩を仇で返すみたいに言っちゃって」

 だが氷室は穏やかな表情で、とても素直に受け入れた。

「いいよ、もう慣れた。それに俺も実はそう思い始めたんだ。お前に会ってから」

「えっ」

「俺、また頑張ってみようって思ってる。お前見てたら、そんな気になってくるんだよ。ありがとな」

「氷室さん……」

 あまりにも素直な反応に、なゆみは目をパチクリとしてしまった。




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