テンポラリーラブ物語
 そして閉店時間が近づいた頃、おしとやかな女性がおどおどと店の中を覗き込んできた。

 接客しようと彼女の顔を見て、なゆみが笑顔で近づく と、その女性は礼儀正しく一礼をした。

「あの、こちらに氷室コトヤさんはいらしゃいますか?」

 なゆみは一瞬で気づく。

 この人があの時の見合い相手、そして氷室の彼女であり、いずれ婚約者になる人──

 なぜか急に心臓の動きが早まったように思えた。

 なゆみは暫く口が聞けないでいると、幸江は「あのー?」と不思議そうに再度話しかけてきた。

 なゆみははっとして、慌てて笑顔を添えて丁寧に相手をした。

「氷室でしたら、隣のビルの本館で働いております。あの角を左に曲がってそのまま真っ直ぐ行かれると別のビルがありまして、その地下一階です。なんなら電話で来られたことを先にお知らせしましょうか」

「いえ、結構です。今日はたまたまこちらに寄ったのでコトヤさんの様子をちらっと見に来ただけでした。直接伺いますのでお気になさらないで下さい」

 幸江はお礼を言うと、なゆみが説明した道順を辿って行った。

 初めて見た氷室の彼女は、おしとやかな女らしさを持ち合わせた大人の女性だった。

 川野はいい女だったと千恵と話している。

 それはなゆみも認める程、本当に氷室とお似合いに思えた。

 だが、それがとても悲しかった。


 仕事の後は英会話学校でジンジャと待ち合わせをしていた。

 レッスンチケットはすでに使い果たしたので、そこは待ち合わせするだけの場となってしまった。

 そこに行くとちゃんとジンジャがラウンジでなゆみを待っている。

(そう、私にはジンジャが待っていてくれている)

 なゆみは笑顔でジンジャの許へと足を向けた。
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