テンポラリーラブ物語
「コトヤン何してるんだ、早く来いよ、シャッター閉めるぞ」

 純貴がシャッターの下から顔を覗かせて呼んだ。

 すでに皆、店の外に出ていて、自分だけが店に取り残されていたことに気が付くと、氷室は慌てて外に出た。

 シャッターを外から完全に閉め、鍵を掛け終わると、疲れたなどと声が飛びながら歩き出す。

 皆、暫く駅に向かって同じ方向を歩いていたが、一番最初になゆみが「失礼します」と別れを告げた。

 これから英会話学校へ行くのは誰もがわかっていた。

「サイトちゃん、それじゃ頑張ってね」

 ミナがなゆみのことをサイトちゃんと親しげに呼んでいる。

 紀子も、同じように笑顔を向けて手を振っていた。

 あれだけ素直なところを見せられたら、誰も仲間はずれなんてできないのだろう。

 なゆみはすっかりこの二人と打ち解けていた。

 あの美穂ですら、愛想良く「またね」と苛立ちを見せたことをすっかり忘れている。

 その氷室もまた「お疲れさん」と軽く挨拶し、じっとなゆみを見つめる。

 なゆみはいつものように笑っていた。

 仕事が終わり、ほっとする一時でもあるが、これからジンジャに会う喜びにも感じられる。

 ジンジャが店に現れた事で、氷室は妙に気になって仕方がない。

 相手にされてないと思っていたが、店に姿を現したのはどういう意味だったのだろう。

 挨拶程度のただの義理、それとも──。

 氷室はなゆみと別れたあと、ぼーっと歩いていた。
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