テンポラリーラブ物語
 予約が済むと、後ろを見れば坂井がなゆみを待っていた。

「それじゃ途中まで一緒に帰ろうか」

 坂井は他の生徒や先生が寄ってこないように、早々と先頭を歩きなゆみを外に連れ出す。

 なゆみは黙って坂井の後をついて行くが、ビルのドアを開けたとたん、冷たい風が頬をなでると、一層口元が硬くなってしまった。

「どうした、急に元気がなくなったな」

「うん、お腹空いたから」

「そっか、じゃあ飯でも食べていくか?」

「えっ、でも遅いからいいよ」

「たまにはいいじゃん」

「でもこの時間に食べたら太るもん。だけどありがと。坂井さんはいつも優しいね」

 やんわりと断られ、坂井はこれ以上強気に誘えなくなった。

「なあ、今度どこか遊びに行こうか」

「うん、そうだね。どこがいいかジンジャにも相談しなきゃね」

 また坂井は自分の思うように話が進まず、口を一文字に結んだ。

 そんな様子も知らないままに、なゆみは自分勝手に歩いていた。

「あのさ、キティは猫というより、トラだね、しかも風船の……」

「えっ? トラ? 風船?」

「うん、風船のトラさん」

「それをいうなら”フーテンの寅さん”じゃないの? でもなんで?」

「そうなんだけど、ほら、風船のように誰かがしっかりと掴んでないとどこへ飛んで行くか分からないって言うことさ。それにキティは引き止めようとする掴み所もないよ」

「やだ、今日の坂井さんなんか変」

「それを言うなら、キティもだろ」

 二人はお互い返答に困って暫く無言で歩いていた。

 坂井は静かになゆみを見つめた。

 なゆみが視線を感じ、坂井と目を合わせると坂井は寂しく笑う。

「あと4ヶ月で留学だな。アメリカに行ったら気をつけろよ。ふらふらするんじゃないぞ」

「そんなこと分かってる。ありがと」

「だよな。さてと俺も就職活動頑張るか。そしてかっこいい社会人になるぜ」

「うん、坂井さんならきっとなれる。そして出世して大金持ち~」

「ハハハハハ、そうなったらその時キティは俺のことどう思う?」

「うーん、きっとすごいなって素直に思うよ」

「そっか。じゃあ、俺がいつか社長くらいになって超大金持ちになってたらどうする?」

「別にどうもしないよ。そのときは坂井さんきっと私のこと忘れてると思うし。私はそれでも構わないから」

「ハハハ、俺はそんなもんか」

 自虐するような笑いが溢れる。

 坂井はもうそれ以上何も言わなかった。

 二人は駅でそれぞれの乗り場に向かうために別れ、なゆみが去った後も坂井はその後姿を暫く見ていた。

 だがなゆみは一度も振り向きもせず人ごみに消えていった。

 ジンジャがいたら必ず一度振り返るのを坂井は知っていただけに、やるせないため息を吐いて踵を返した。

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