テンポラリーラブ物語
「あの、そうだったら泣くのは恥ずかしいことなんでしょうか」

 なゆみは腫れぼった目をより一層重くして、どよんとした瞳を氷室に向けた。

 開き直ることで、どうしようもない持っていきようのない気持ちが哀れんで見える。

 それでいて、精一杯に氷室に抗議する態度だった。

 氷室は正直たじろいだ。

 これでは小学生のガキのように、思いっきり自分のやってることが恥ずかしくなった。

 まさに気になる女の子に、自分の本心を隠して不本意にいじめてしまう行為──。

 はっとすると同時に、益々ど壷にはまった。

 もう後には引けなくなっていた。

「ガキだね。どうせ告白もしてないんだろ。勝手に相手に好きな奴がいると一人で思い込んで、そして自分は悲劇のヒロインになって泣いてしまっただけだろ。 恋に恋する乙女ってとこだね」

 自分の本心とは全く違った言葉が出ていた。

 自分の方が大人げなかったと思いながらも、もう後のまつり。

 なゆみは何も言わなくなった。

 頬がムスッと不満を募らせたように膨らんでいる。

 傷口に塩を塗りこまれたように、深く心の奥まで傷ついていた。

 氷室は自分で言っておきながら、暫くその様子を不安げに窺っていた。

 なゆみは知らないが、氷室はジンジャの存在を知っている。

 あの、人のよさそうな雰囲気のするジンジャが、はっきりとなゆみを振ったとは思えない。

 それでも慰めてやろうなどと優しい言葉など出てくる訳がなかった。

 自分もなゆみに好意を抱いている。

 たった短い期間で32歳のおっさんが、一回りも年下の色気もないガキのような女の子に──。

 それに気がついたとき、氷室はまるで高校生にでも戻ったような少年になっていた。
 
 ずっと忘れていた情熱がぐっと心に点されると同時に、その気持ちをなゆみに感づかれるのが恥ずかしくて捻くれてしまう。

 まったく大人げないその態度に、自分自身が戸惑い、上手く向き合えないでいた。

 自分が意地悪く虐めてしまいながらも、氷室はなゆみの出方を案ずるように見ている行為は馬鹿げたほど矛盾していた。

< 47 / 239 >

この作品をシェア

pagetop