テンポラリーラブ物語
 そのなゆみは上司だということを暫し忘れてしまうほど、暫く自分の感情をむき出しにして氷室に無言で訴える。

 放って欲しいことなのに、言葉を選ばずに痛い所を突かれてしまうも、それも正論だから、耐えるしかなかった。

 暫く黙り込んでいたが、自分をじっと見ている氷室の視線から逃れられず、静かに口を開いた。

「氷室さんのような大人の方には、やはり私はまだまだ子どもに見えますもんね。自分でも分かってます。氷室さんの意見は正しいです」

 勝利を氷室に譲ったように、なゆみはその言葉を受け入れた。

 そういう健気な態度を取るなゆみの方が、氷室よりよっぽど大人に見えた。

 氷室は胸が苦しくなる。

 なゆみはどこまでも真っ直ぐで素直で、常にその場を乗り越えようと踏ん張る姿にまた目を逸らす。

 今度はなゆみが気を遣い、目を逸らした氷室の態度に触れることなく、何事もなかったようにショーケースのガラスを磨きだした。

 いつもより長くなゆみと二人っきりになったその時間は、二人の仲を深めるというよりさらに溝を深めてしまった。

 氷室は普段より口数少なく、その日を過ごす羽目となる。

 目だけはなゆみの姿を隠れて追っていた。
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