嘘つきには甘い言葉を
「旨いっ!!」
大袈裟なくらい料理を誉められて、悪い気はしない。
「自分で料理はしないんですか?」
「しない。俺不器用だし。人が作ったもんの方が旨いもん。お前の料理は旨いな」どうやら誉められてるみたいだけど、自分は作らなくていい状況ってことだよね。私は自分で料理しなきゃ飢えるぐらい貧乏ですけど……。

「ただの親子丼と酢の物ですけど」
私の言葉は決して大袈裟じゃない。水無月隼人が家に来てから20分。出来上がったのは早炊きで炊いたごはんに電車レンジで解凍した鶏肉の親子丼。
キュウリと増えるわかめちゃんの酢の物。誰でも作れる時短料理。

「やっぱ料理は下手なやつより上手い方がいいよな。お前でよかった」
リビングなんて勿論ない家賃6万円の1DK。用意出来るのもちゃぶ台と呼んでもいいくらいの小さなテーブルで二人の距離はやたらに近い。

「はぁ……」私の口から出てくるのは間抜けな返答ばかりだ。昨日会ったばかりの人が何故か家にいて、私の作ったご飯を食べてる。部屋で二人きりなことに緊張して身構えてしまう自分が馬鹿らしくなるくらいに水無月隼人は自然体で、昼間のキス以来手も握ってこない。

きちんと手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った後、水無月隼人は本棚の卒業アルバムに手を伸ばした。高校はスルーして中学のアルバムを取り出すと、面白そうに捲る。バレー部でひたすら部活に励んだ3年間。今でも続いてる仲間との写真を横目に私は片づけを始める。

一人ずつの写真を確認していき、私の写真を見つけたらしい。「春野桜、そっか、春野か……」
「春の桜、単純な名前だと思ってるんですか?」春だから桜。誕生日は12月なのに桜。
お父さんもお母さんも名前を考えるのがめんどくさかったんじゃないかと常々思っていた。幼稚園の時はよかったけれど、小学生になると何度か馬鹿にされた覚えがある。

「ん? 単純? そっか。そうだな」別の事でも考えていたのか遠い目をしていた水無月隼人がこちらを向く。「いい名前だな。俺は、好きだ」
名前を褒められただけ。別に私を好きだって言われたわけじゃない。何でドキドキしちゃうの、私。報われない片思いに費やしてきた時間が長すぎて、こういう状況はどうしたらいいのか全然わからない。
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