嘘つきには甘い言葉を
動揺を悟られたくなくて「はぁ……」とまたしても間抜けな返事をしてしまった。だけど気にせず水無月隼人はアルバムに目を戻し呟く。
「バレー部か。そりゃ痛いはずだよな」
わざとらしく頬を撫でる様子に、思い切り頬を叩いたことを思い出す。手がじんじんするくらい本気で叩いちゃったんだよね……。

「昨日は本当にすいませんでした」と私は頭を下げた。
「ホントに、今回は俺に非もなかったのに、いきなり殴るなんてひでーよな」

「え? いつも殴られてるんですか?」
やっぱり遊び人なんだ。女の子を泣かせることなんて日常茶飯事だから、殴られ慣れてるってことだよね。それなら一回くらい手違いで殴られても仕方ないじゃない、なんて自分に言い訳。

「お前な、俺がいつも女に殴られてるとでも思ってんだろ。勘違いすんなよ。俺は殴られるようなことはしねーよ」
疑わしいけど、否定すると面倒だからそういうことにしておこう。

「そうですよね……」
「当然だ」
尊大に頷いて水無月隼人はアルバムを捲り「これ、龍之介か?」と続けた。手元のアルバムにはバスケ部のユニフォームを身につけて満面の笑みの龍君。童顔だから中学の頃から顔変わってないんだよね。

龍君が好きだって気が付いたのは中学2年生の時。身長が伸び悩んでレギュラーになれなかった龍君は、毎日真っ暗になるまで体育館に残って練習してた。今でも170センチに届かない彼だけど、その甲斐あって3年生ではレギュラーを勝ち取ってた。好きなことには真っ直ぐで一生懸命で、人に笑われても信念を曲げない。そういう所が好きなんだ。……違う、好きだった。

思い出に浸っていた私は、アルバムを本棚にしまって立ち上がった水無月隼人に気が付かなかった。
「じゃ、俺帰るわ。飯、ごちそうさん」

「はぁ……」スポンジを握ったまま何度目かわからない間抜けな返答をしている私の横をすり抜けて、爽やかな香水の香りだけを残して水無月隼人は出て行った。「ちゃんと鍵かけろよ」という言葉を残して。

「なんだったの……」呟いて卵がこびりついた鍋を力強くこする。水無月隼人の行動は意味不明で混乱するばかりだ。何の為に私の彼氏のふりを続けるの? いくら考えても水無月隼人にメリットなんてない、と思うんだけど。

あー、もう考えるのはやめよう。どうせこんな彼氏ごっこ、すぐに飽きちゃうに決まってるんだから。
< 17 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop