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面倒だから、と逃げ回っていた縁談。
面倒だから、と決定的な拒否をしなかったことが今につながっている。

研修会場である会議室に向かう途中で、富樫さんにバッタリ会ってしまったのだ。

会議室は農林部と同じフロアにあるのだから、その危険性も大いにあったのに、私にそこまで頭が回るはずはない。


富樫さんはとても45歳には見えなかった。
30代前半とは言えなくても40を越えているようには見えない。

やさしげで理知的で、仕事できるオーラをバンバン感じる。
ちょっとお世辞をプラスすれば「富樫さんってすっごいイケメンじゃないですか~」と言える程度には顔も悪くない。

少しはにかんだ笑顔は〈キュート〉という言葉がピッタリで、本当に年齢以外はこれといったマイナスポイントのない人に見える。

仕事に没頭していたとは聞いたけれど、なぜこれまで結婚に至らなかったのか。

「富樫君、今夜は予定空けてあるよね?」

「残業しなければたいていは空いてますよ」

「今日は残業禁止。咲里亜さんも飲み会はパスしていいから富樫君と食事に行ってきたら?」

「えっと、あの~、課長?」

普段私と似たタイプで締め切りが差し迫るまではのーんびり構えている課長が、いつになくキビキビと指示を飛ばし出した。

それは仕事で発揮してくれよ。

「中村さん。せっかく田山さんからご縁をいただいたことですし、よかったらお食事くらい行きませんか?」

富樫さんの方から改めて誘われるともう逃げ道はない。

まあ、富樫さんがどうしても拒否したいほど嫌な印象ではなかったということも大きい。

「突然でご迷惑でしょうけど、よろしくお願いします」

田山課長が笑顔で見守る中、私と富樫さんは時間と場所の約束を取り付けた。



『ランチ 鳳凰堂 絶対』

会議室に入って研修が始まるまでのわずか数秒の間に、私は有紀にそれだけのメールを送りつけた。



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