勘違いも捨てたもんじゃない

…はぁ、…恥ずかしい。意を決したらこれだもの。駅員にもこの紳士にも、自意識過剰だと思われたに違いない。…若い娘でもないのにって。…。ちょっと触れたからと言って痴漢だとか言って…。きっとそう思われている…。

「本当にごめんなさい。あの、お仕事のお時間は大丈夫でしょうか?」

「ええ、私は大丈夫ですよ」

重役さんぽい感じがする…。だからと言う訳では無いけど、なんて失礼な事を私は…。

「本当に申し訳ございませんでした」

改めて立ち上がって頭を下げた。

「いえ、そんなに謝らないでください。私こそ申し訳ない。当たっていたのは間違いのない事実です。私も大変申し訳ないと思いながらも、どうする事もできなくて、不快な思いをさせてしまった。どかそうと変に動かし続けてしまっては、それこそ痴漢と変わらなくなってしまいますから」

確かに……執拗に触ってしまうってことですよね。

「んん。えー、では、よろしいのですね?お二人とも。貴女は被害届を出さなくても。それから、貴方は弁護士を呼ぶなり、しなくても宜しいということですかね?」

何となく互いを見合った。

「はい、お手数をおかけ致しました」

「はい、私は勿論、何も。彼女には申し訳ない事をしてしまいましたので、許して頂けるだけで大丈夫です」


頭を下げて駅員室を後にした。

「あの、それでは、私はここで。余計なお時間を取らせてしまって、本当にすみませんでした」

頭を深く下げ、また謝った。時計をチラッと見た。はぁ…、良かった、まだ間に合う。
会社に行こうと階段に向かった。

「あ、君!」

「え、は、い…」

…まだ何か…?。もしかして、謝り方が足りなかったとかだろうか。……人前で恥をかかされたって…。はぁ…。

「この後仕事だろうけど、少しサボりませんか?」

「え?…あ、の。え?」

さっきは駅員の手前、丸く収めたけど、本当は凄く怒ってるのかも…。サボりませんか、なんて言って、この後どこかに連れて行かれて叱責…とか…でしょうか。

「理由は…そうだな。そう、まさに、痴漢に遭ったから、今、色々と聞かれてるとか言って、まだ時間がかかりそうだと言えばいい。うん。それがいい」

「あの…」

……遅刻する言い方まで指導されて…これはどういう意図の話?…。

「少し、お茶でもしませんか?」

は?お茶…いや、え…?どうして…そんな…。

「あの……謝り方が足りませんでしたでしょうか…では…」

どうしたら許してもらえるのだろうか、…土下座とか…しないと駄目ってことだろうか。

「いや、違う、そうではない。オープンテラスのあるところにでも行こうか。今からなら人も少ないだろう」

どうやら怒ってる訳では無いようね……。ですよね?

「ん?」

「あ、いえ。では、解りました。…少しなら」

お茶と言って安心させて誘い、やっぱり他に目のない場所で叱られるんだ。きっとプライドを傷付けた…。だからだ。

「では行きましょうか」

「あ…はい、…解りました」



…どうしてこんな事に。…こんなところに…。
公園のベンチに二人で腰掛けていた。……オープンテラスね。…確かにオープンに違いは無いけど…。園内には人も殆ど居ない。…居ないよね、朝だもの…。ところでいつになったら…。
……叱らないのかな?…じゃあ………何だか諸々、いきなりの可笑しいお茶の誘いになってしまってる。…これは…どうするつもりなんだろうか。叱らないのなら…お茶は?どこで?

「…あ、の」

タイミングが取り辛い…。

「ん?公園は嫌いかな?」

公園が好きとか嫌いとかではなくて…ですよね?

「あ、いいえ、好きですよ?………オープンテラス?」

あ゙。嫌味ではない。緑の多い、景色のいい公園だった。そのせいか、何だか空気が澄んでいるようでもあり、妙に落ち着いていた。

「あ、…。いや、ハハ、何だか、すまない。誘って…咄嗟に口をついて出た割には、この辺りには無かったんだねテラスのある店」

「はい、そうですね、無いと思います」

間違いなく、知る限りないと思う。

「君は…」

「え?はい?」

「あぁ、どんな仕事をしているのかなと思ってね」

え?関係ないと思うけど……強く抗うのも…。

「…私は一般事務をしています」

「事務か…。経理も出来る?」

「え?ええ、はい、出来ます」

しようと思えばできるけど。ん?それが今、何か関係ある話かしら…。ないよね。

「あの、私…」

いつまでも、こうしてても。カフェもないのだし…。もう一度謝ろうと立ち上がろうとした。先に立たれた。

「ちょっと待ってて」

「え、あ、は、い?」

歩き始めた。この人……丁寧だけど、ずっと聞いてる声は見た目より若い気がした…。
…あ、私はどうしたら…。

「ああ、珈琲と紅茶ならどっちがいい?」

少し振り向き、聞かれた。どうやら近くの自販機に向かうようだ。……お茶するお誘いだったから、きっとそうだ。自販機で手を打ったのね。

「え、あ、私、でしたら自分のは自分で…」

慌てて後を追った。
…ぁ…私が奢るべきかな。

販売機にお金を入れていた。

「ん?痴漢に近い事をしたお詫びに。店がなかったからね。あー、これではあまりにも安すぎるな」

「そんな…あれは不可抗力、誤解なんですから。お詫びなら痴漢扱いしてしまった私が反対にしないと…」

駄目なんですよね。そう思っていた。
元々はカフェに誘われていたんだから、決して安いお詫びでも無かったと思う。結果、自販機の飲み物になってしまっただけだから。

「はい、押して?」

え?指がミルクティーのボタンに触れてしまった。ガタン。反応はとても良い販売機のようだ。

「え?あ…、押してしまいました…」

押してと言われて、つい条件反射だ。希望とは違う目の前のボタンを押したというより触れてしまったがために取り出し口に落ちてきてしまった。

「ん?いいんだよ?押して。私は……珈琲にしよう」
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