夕星の下、僕らは嘘をつく
「どうして、私が」
彼の瞳の焦点が私に合ったとき、その感覚が恐怖なのだと知った。

なぜ恐怖を感じるのだろう。
彼がすでに死んだ人間だから?
そこにある生物的な死に恐れをなしているのだろうか。


「さすがに、湊の家族や友人には頼めなかった。信じてもらえるか以前に、受け入れてもらえない、きっと」
 
答えはわからないけれど、ただ今、彼はとても厳しい状況にあるのだろう、ということがなんとなくわかった気がする。
受け入れてもらえない。その気持ちは、私だってわかる。全く同じじゃないだろうけれど。


「だからって私に頼む? そんな……大事なこと」
身体はすくんだままだったけれど、頭はクリアだった。
「まさか三度も出会うと思わなかったから、これも縁かなって」
彼が軽口を叩くと同時に筋肉の緊張は解けた。
代わりにため息が出そうになって深呼吸にチェンジする。
彼といると疲れそうな気がしてきてしまった。


「そんな……単純な理由で」
もしほんとうにそう思っていたなら殴りたい。
それで選ばれた私の身になってみろ、って。

こんな重たい、しかも幽霊だの成仏だのいうような案件に。


「まあそれは半分冗談だとしても」
「半分、半分か」
「きっと君も、秘密を抱えている。それがなにかはわからないし、明かして欲しいと思っていない。けれど、もしそうなら俺の気持ちが、すこしは伝わるんじゃないかと期待したんだ」
 
そのことばに、彼から視線をそらした。
 

風が吹いて枝の上の雪がはらはらと舞って落ちた。
日差しがでているから、きっとこれから雪は溶けてゆくのだろう。
こっちにいる間にまた雪は降るだろうか。
 

馬鹿みたいだ。
必死に感情を押し殺す。

期待っていうものは、可能性が感じられるからかけるものだ。
私なんかにそれを持ってどうする。


「それに」
彼の手が、私の手を取った。
いきなりのことにびっくりして、半身引いてしまう。

けれど彼はとてもスムーズに、私の手を返して、その上に飴玉を乗せた。


「ほかにも、理由はある」
あと半歩という距離が近い。
彼は笑顔だったけれど、どこか今までの軽いものとは違う、さびしさを感じさせるものだった。


「ほ、ほかの理由って」
男に手を握られるのは、無論初めてなわけじゃない。
そりゃ確かに初対面のひとにされたことはなかったけれど、だからって動揺するようなことでもないだろう。

なのに視線がさまよってしまう。
その上、ちょっと寝癖がついているとか、靴の爪先が雪で塗れているだとかどうでもいいことに目がいく。
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