夕星の下、僕らは嘘をつく
「それは内緒」
そこまで言っといて内緒か、と心のなかで突っ込んでしまった。
口にしたらまたどもりそうな気がしたのだ。
 

代わりに抵抗するように腕に力を入れた。
彼にその力が伝わったのか、ようやく手を離してくれる。
触れられた部分が熱いのは、きっと気のせいだ。


「答えは」
彼は私の手を触ったことなど、気にすらしていないようだ。
そのままの距離で私の顔を覗き込むように屈む。

相変わらず視点が定まらず、今度は彼のきれいな眉毛はどうやら天然だということを考え出してしまう。
 

だけどここで、ようやく気がついた。
彼の見た目は、一ノ瀬くんなのだ。
中身は違うけれど、外見は成長したとはいえ私の初恋の相手、一ノ瀬くんそのもの。
 

深い息がこぼれた。同時に自分の馬鹿さ加減と彼の軽薄さにイライラしてくる。
手のひらに乗せられた飴玉を強く握って、ポケットのコートに押し込んだ。


「協力することによって、私が得るメリットとデメリットが思い浮かばない」
急激に体温が下がっていった。
雪に埋もれたブーツも爪先に冷気を送ってくる。

「そうか、メリットとデメリットか。うーん」
彼はやっぱりマイペースだった。
再びポケットに両手を突っ込んで考え出す。


「君は嘘がきらいみたいだから、正直に言うとメリットは俺も思い浮かばない」
「ボランティアでやれと?」
「それはあまりにもなんだから、報酬らしいものがなにかできないか考えるよ」

考えたところで思いつくのだろうか。
私が今欲していることなんて、この変な能力が消えることと、他人と関わらず生きていきたいということぐらいだ。


「デメリットっていうのは、協力しなかったらどうなるかってことかな。そうだなあ……もれなく俺が取り憑くとか」
「一ノ瀬くんの身体から離れられないくせに」
「君って結構洞察力あるなあ」
褒められている気がしない。むしろ嫌みなのかと勘ぐってしまう。

「まあこっちも正直に言うと、特に思い浮かばないよね」
「だったら手伝う意味ない」
「そう断言されるとさすがにさみしいな。俺のことは信用できない?」
 
ええ、とっても。
そう言ってやろうとしたけれど、口が動かなかった。
その代わり喉から変な音が出る。

彼の顔のせい?
違う、彼は相変わらず一ノ瀬くんらしからぬ嘘っぽい笑みを浮かべていた。
一ノ瀬くんの顔だからって、それぐらい意識的に判別できる。
 

認めたくないけれど、ここで絶対にいやだと断れる度胸がなかったのだ、たぶん。
でもそれは、莉亜に感じているずるずるとした感情とは違う。
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