夕星の下、僕らは嘘をつく
「一ノ瀬くんは甘いもの好き?」
「甘すぎるのはちょっと苦手です」
「じゃあうちのチーズケーキはどうかしら。甘さは控えめにしてるんだけど」
「いただきます」
 
ひとつ開けて座ろうとしたら、叔母が先に私のぶんのケーキとココアを彼のすぐ横に置いた。
しかたがないのでしぶしぶと左隣に座る。

というかなんだ、なんでもう叔母と打ち解けた雰囲気を醸し出しているんだ。
その軽薄な笑みは誰にでも向けられるものか。
 

そりゃそうか、と思ってチーズケーキを一口頬張る。
叔母の作るスフレチーズケーキは私の好物のひとつだ。
 

さりげなく、右隣を見た。
けれど私の心配なんてどこ吹く風で笑顔のままケーキを食べている。
丁寧に叔母に感想まで伝えている。

やっぱりこいつは天性のたらしなんだな、と思うことにした。
私に声の色を見られないことを感謝しろ。


「しかしびっくりしたわ。まさか晴が一日で友だちを作ってくるなんて」
叔母のふりに飲んでいたココアでむせそうになった。
なんとか呼吸を落ち着けて二人を見る。

友だちってなんだ、いつなったんだ。


「一ノ瀬くん、晴は冬休みの間しかここにいないけど、仲良くしてやってね」
「こちらこそ、よろしくお願いしたいところです」
「良かったわね晴。これですこしは退屈じゃなくなるんじゃない?」
 
いやいやいや、なにを勝手に話を進めているんだ。
当人抜きでいったいどんな話をしたんだ。

そもそも私はひっそり過ごしたかったのだから退屈上等なんだ。
部外者なんか歓迎していない。
 

叔母の声は相変わらず橙色だし、その笑顔だって本当に喜んでいるってわかるぐらいのものだ。
心配してくれていたのはうれしいけれど、ちょっと方向が違う。
 

なにか反論せねば、と口を開きかけたところで、店の奥から電子音が聞こえてきた。
「ちょっとごめんなさいね」と叔母がキッチンスペースへと引っ込んで行く。
 

そして叔母が背を向けたと同時に、彼がにっこりと笑った。
既成事実、と小声で言いながら。
 

怒りよりも先に、呆れがきてしまってため息が出る。
軟派な男だとは思ったけれど、予想以上に腹黒らしい。


「いつ、友だちになったっけ」
蒸し返すのも面倒だったけれど、文句ぐらい言わせてもらおうと、ぐっと感情を堪えて言う。
奥から甘いにおいが漂ってきた。ケーキが焼けたのだろう。

「三度目があったから。これはもう、そういう縁でしょう」
そこを運命なんて陳腐なことばを使わないだけマシか。
なんてうっかり考えてだいぶ毒されてきたなと反省する。


「俺のこときらい?」
「きらい」
「はっきり言うなあ。嘘はついてないんだけど」
 
どうだか、と疑いの視線を向けて残りのチーズケーキを頬張った。
おいしいのに、こいつのせいでおいしくない。
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