夕星の下、僕らは嘘をつく
「晴は手厳しいね。そういうところ嫌いじゃないよ」
意外なことを言う。
ここまではっきり言われたら誰だっていやだろうに。

昔、莉亜に素直に口にしたことを咎められた。
別の子には泣かれて、誰かに先生に報告されて怒られたことだってある。
 

なのに、嫌いじゃないって。
まあそういうことをさらっと言うところは、私は嫌いなんだけど。


「助けてもらいたい願いは、届かないか」
ふっ、と彼の目が細められて、どこか知らない場所を見つめているような雰囲気に変わった。
その空気が私を包むと、急激に体温が下がるような気がしてきた。
お腹の底がぎゅうっと痛くなる。


「助ける、って?」
どうしてはっきり嫌だと断れないのだろう。
もやもやした思いを抱え込んでいると、叔母がやってきた。
手にはアップルパイをホールごと乗せた皿がある。


「焼きたてなの。これもあまり甘くないと思うけれど、食べる?」
今の会話がなかったかのように、叔母が微笑んで私たちにそれを見せてくる。
甘くて香ばしい香りが、その場の空気を一層した。
 

右隣を確認すると、彼は笑顔でいただきますと答えていた。
私もそれにならう。焼きたてのアップルパイは、おいしい。
 

叔母はにっこり笑うと、カウンター向かいの作業台でアップルパイを切り分ける作業に入った。

「詳しい話はわからないし、聞かないけれど」
さくさくと切れるアップルパイの音が、叔母の声と重なる。
「一ノ瀬くんは晴に助けて欲しいことがあるのね」
その声は緑色で、穏やかな気持ちが伝わってくる。
 

隣を見ると、彼は返事はせずとも叔母の手元を見ていた。
私の視線に気づいてこちらを向くと小首を傾げてにっこり笑う。
 

晴、と叔母が私の名を呼ぶ。
切り分けたアップルパイを、丁寧な手つきで皿へと乗せながら。


「誰かに必要とされる、ってことは、とてもうれしいものじゃない?」
 
二皿のパイが、目の前に出される。
受け取ると同時に、私の胸をずっとちくちくしていたものが押し流されるような気がした。

アップルパイの、甘い香りと一緒に、新しい空気を吸い込んだ気分だ。
 

それ以上叔母はなにも言わなかった。
そういう線引きをするところが、私は昔から大好きだ。
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