夕星の下、僕らは嘘をつく
「ありがとう」
とりあえず彼はもう去るのだし、会話は終わらせようとしたら出てきたことばは感謝のものだった。
慌てて「コーヒー」と付け足す。
 

一ノ瀬くんはもう一度「じゃあ」と言って、金髪の少年と去っていった。
楽しそうに会話をしながら。
 

結局、最後まで彼のことばに色は見えなかった。
それがどういう意味なのかはわからない。

私が知っている事例はたったひとつ。
それだけは嫌だな、と心から思う。
 

ポケットの中の携帯が震えた。
電話だろうと取り出すと、叔母からだった。
どこにいるの、と問われ近くに郵便局が見えることを伝える。
叔母は大体理解してくれて、電話を繋いだままこっちに来てくれることになった。
どうやら雪のせいで車を出すことを諦め、地下鉄で来たらしい。
 

数分後、私の視界に叔母が入った。
相変わらずこざっぱりした姿に、この人は変わらないなあと感心してしまう。


「待たせてごめんね。寒かったでしょう」
穏やかな口調に乗る、緑色。

「うん、とても」
遠慮なく答えると、叔母は「ほんとにね」と笑った。やっぱり、緑色。


「その、迷惑をかけて、ごめ……すみません」
今日からしばらく、お世話になります。そう頭を下げる。
「なに言ってるの」頭上から聞こえてきた声に、恐る恐る顔を上げる。

「大好きな姪に、迷惑かけられてこそ本望よ」

叔母はとことん、緑色ならしい。
お腹の底から、深く、息を吐く。
叔母のことは、好きでいられる。


「さて、さっさと帰ろうか。晴が来ると思ってはりきって掃除して料理したのよ」
そのことばに頷いて叔母の隣に立つ。
これから地下鉄に乗るかと思うと若干鬱になるけれど、仕方がない。


緑色は、黄色の反対。
緑色が表すのは、本音、冷静、穏やかな心。
私が今、一番好きな色。

 
一ノ瀬くんの声に色がついていたら、何色だったのだろう。
一瞬想像して、頭を振った。

知らなくていい。それにきっともう二度と会うことはないだろう。
 

屋根のないところに出ると、大きな雪が落ちてきててのひらで受け取った。
冷えた手といえど、雪はじんわりと溶けてゆく。
すっかり冷えた缶コーヒーと共に、両手をポケットに突っ込んで歩き出す。
 

これから冬休みの三週間、私は京都で過ごす。
きっとなにもなく、ただただ時間は過ぎてゆく。
それでも、あの家にいるより、叔母の家にいるほうがきっといい。
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