ホテル王と偽りマリアージュ
結婚前とは比べ物にならない立派な家だけど、私は一人で一哉はいない。
彼について出席するお務めもない。
毎日普通に出勤して、高級ホテルの裏方として、電卓をお友達に地味に堅実な仕事をするだけの毎日。


一哉の背中を止められなかったあの夜までの記憶が、徐々に色褪せてぼんやりしていく。
まだほんの一ヵ月足らずの結婚生活だけど、泡沫の夢のように現実味が薄れていく。
そのまま、私の中から消え去っていくような感覚。


一年後、一哉との離婚が成立したら、きっとこんな感覚に陥るんだろう。
その時期が早まっただけなのかもしれない。


一哉は『切り替える』と言って出て行った。
『契約を見直さないと』って。
私じゃ契約を結ぶ相手として不十分だと結論付いて、これで終わりになるかもしれない。
私と一哉の契約は期間満了を待たずに終了。
それを一哉の方から言ってくれるなら、私はなにも恐れることはない。


なにも失うものはない。
新たに課せられるものもない。
身綺麗になってさっぱり『さようなら』と終わらせればいいだけ。
多少オフィスでの居心地悪さは感じるかもしれないけど、そこを突っ込まれれば最悪法律に訴えることだって出来る。


それでいい、と思うのに、私の胸はきゅんと切なく疼いた。


だって、もしそうなったら一哉はどうなる?
彼はちゃんと社長就任を果たすことが出来る?
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