ホテル王と偽りマリアージュ
一哉が険しく顔を強張らせて、一歩大きく踏み出してくる。
なのに要さんは全く動じる様子もなく、ニヤリとほくそ笑んで――。


「それから。ついでに、囚われのお姫様もいただくよ。アメリカのホテルも、椿さんも、俺が丸ごと奪ってやる」


そんなとんでもないこと言い放ったかと思うと、いきなり大きく私を振り返った。
そして。


「っ……!?」


話の展開について行けず呆然としたまま、私は強く腕を引かれていた。
視界の端で大きく目を見開く一哉の姿を捉えたのを最後に、目の前が要さんの顔でいっぱいに覆われる。


気付いた時には、知らない唇の温もりを感じていた。
一度強く押し当てられ、離れて行っても余韻が残されたまま。
なにが起きたか理解出来ないまま、私は自分の唇に手を当てていた。


そんな私の顔を覗き込んだまま、要さんがやけに妖艶に口角を上げて笑う。


「略奪宣言の挨拶代わりに、キス、いただいとくよ。ご馳走様」


場の空気に合わない軽い一言。
私も一哉も、要さんに完全にのまれたまま。


「じゃ、よろしく」


ヒラヒラと手を振って要さんが家から出て行っても、私も一哉もなにも言えないまま。


一哉の目の前で、要さんにキスされた。
『奪う』なんて言われてしまった――。


家の空気は、完全に凍り付いていた。
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