ホテル王と偽りマリアージュ
ダメだ。全然頭が仕事に染まってくれない。


『ダンナ様』の一哉の前で、彼の従兄弟である要さんに略奪宣言された上、挨拶と称してキスを奪われた後。
私と一哉の間には、なんとも言えない重い空気が漂った。


一哉は無言で、ダンッ……!!と壁に拳を打ち付けた。
その音に怯む私の前で大きく肩で息をして、『出かける』と一言残し出て行ってしまった。
そして、それからずっと家に戻ってこない。


一哉が気になって仕方ないけど、なんて言っていいのかわからない。
おかげで、せっかく一度は彼を連れ戻すことが出来たのに、振り出しに戻ってしまった。
その上、なにを言っても言い訳にしかならない今、私から連絡なんか出来ない。


一哉が好きだと気付いてしまった途端、なんでこんな、と神さまを呪いたくなる。
同時に、これが本来の運命なんだ、とも思う。


始まりからして契約でしかないんだから、私が一哉を好きになっても、どうにもならない。
要さんの乱入は大きな番狂わせだけど、私と一哉の関係に変化が起きるわけでもない。


芙美の興味津々の視線を意識しながら、私はもう一度大きな溜め息をついた。
気を入れ直して作成した支払伝票をプリントして、課長に再提出しようとした時、卓上ホルダに刺してある内線用PHSが着信音を奏でた。
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