ホテル王と偽りマリアージュ
「はい。経理部、水沢です」


仕事中使っている旧姓を、当たり前に名乗って応答した。
相手は一瞬怯んだように、『皆藤椿さんですよね?』と訊ねてくる。


社内ネットの内線電話表にはちゃんと私の名前は旧姓表示されているのに、この反応。
絶対ホテル棟の宿泊部のスタッフからに決まってる。


アポ無しで私を訪ねてくる人はたいがい普通に『皆藤椿さん』と名前を出す。
この間の麻里香さんももちろんその一人。
だからフロント辺りでは、いちいち内線表を確認しなくていいように、私の番号をどこかにメモしてるんだろう。


肩を竦めながら、『すみません』と謝る。


「皆藤、椿、です」


相手はやっぱりフロントクラークだったのか、ちょっとホッとしたように私に来客を伝えてくれた。
そして私は反射的に眉を寄せた。


この間の麻里香さんのように、傍若無人な振る舞いではないとは言え。


「悪かったね。仕事中にアポ無しで」


アポ無し襲撃は、皆藤家の分家では正攻法なんだろうか、と思うほど。
ロビーで私を出迎えた要さんは、全く悪びれもせずにヒラヒラと手を翳した。


フロントクラークを通して『皆藤』の名を出されてしまっては、無碍にシャットアウト出来ない。
私はわかりやすいくらい不機嫌な表情のまま、要さんの前に立った。
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