ホテル王と偽りマリアージュ
それでも。


「はい」


真剣に闘ってくれた人の想いを、否定出来ない。


「私は、まっすぐな一哉が好きです」


揺れることなくまっすぐ見つめたまま言い切って、深々と頭を下げた。


返事は返ってこない。
その代わり、大きな深い溜め息が聞こえた。


「そうだね。俺には最初から出番はなかった」


言葉の最後まで聞いてゆっくりと頭を上げた。
その時には、要さんは私に背を向けていた。
一歩、二歩と、私から離れていく要さんが、顔を前に向けたまま軽く手を上げ、ヒラヒラと振っていた。


「さっさと一哉とアメリカに行け~。さすがにそこまでは、麻里香も追いかけないだろうから」


その一言を最後に、彼は廊下の先の角を曲がり、その姿は見えなくなった。
それでも網膜に残る残像にもう一度頭を下げた時、会議室から幹部会に参加していた人たちがぞろぞろと出てきた。


廊下の隅に小さく佇んでいる私に、誰も目を向けようとしない。
ただ足早に目の前を通り過ぎて行くだけ。
その背を目線だけで見送っていた私に。


「椿」


最後に出てきた一哉が、穏やかな声で呼び掛けた。


ハッとして、大きく振り返る。
目を見開いた私の視界に、いつもと同じ柔らかい笑みを浮かべた一哉が、大股で近付いてくるのが映り込む。


「一哉!」


思わず声を張って名を呼んだ。
一哉は私の目の前まで来て、足を止める。
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