ホテル王と偽りマリアージュ
そんな私に、一哉は今まで見た中で一番明るく優しい笑顔を浮かべた。


「You Are My Goddess Of Victory。……君が微笑んだのが俺だから、要は負けた」

「えっ?」


いきなりで、ちょっと早口の英語が聞き取れない。


「ふふっ。……いいよ、わからなくて」


一哉は軽く肩を竦めると、私の前をあっさりと通り過ぎていく。
私は反射的に振り返り、その背を一歩追った。


『一哉』と私が呼び掛ける前に。


「椿、ごめん。経理部部長に、退職届出してもらっていいかな。半年後、俺と一緒にニューヨークに行く為に」


一哉は足を止め、私に背を向けたままで呟いた。


何気ない言葉だし、もちろん自分でもそうするつもりだった。
なのにはっきり言葉で言われると、思いの外胸にくるものがあり、鼻の奥の方がツンとするのを堪え切れない。


「椿?」


返事が出来ない私に焦れたように、結局一哉の方が促すように振り返った。
その場に立ち竦む私に、ギョッとしたように目を剥く。


「なんでマジ泣き?」


一哉が困惑したように声をひっくり返らせて、再び私の前に戻ってきた。
ポロポロ涙を零す私を、恐る恐るといった感じで覗き込む。


一哉が戸惑うのもよくわかる。
だって、私はもう本当の意味で彼の妻なんだから。
彼が私にそう言うのは、当たり前だったんだから。
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