ホテル王と偽りマリアージュ
でも、一哉からのプロポーズみたいに聞こえた。
契約から始まったとは言え、結婚してるのに。
こんなことで感動するなんて、私がおかしいと思う。


わかってるのに泣き止まない私をジッと見つめたまま、一哉は小さな溜め息をついた。
それを聞いて、私は必死に涙を止めようと努力する。
けれど。


「いろいろ、最初からやり直さなきゃいけないこと、いっぱいありそうだな~……」


独り言のように小さく呟き、一哉は私に背を向ける。


「気付くごとに、一つずつ。椿が喜んでくれるようにやり直すから。……お願いします」


ボソッと呟くその一言がどうにも不器用で、この人がホテル王になるだなんて、ちょっと信じられない。
それでも逆に、その不器用さが嬉しい。愛おしい。


「はい」


私はグッと涙をのんで、短い返事をした。


「よろしくお願いします」


そう続けて、私に向けられた一哉の背中に抱き付いた。
一哉の正面に回して組み合わせた両手に、彼がそっと手を重ねる。


「……うん」


ちょっと照れ臭そうな、ちょっとぶっきら棒な短い返事が全て。


その後――。


私は、正式な退職願を部長に提出した。
誰も驚きはしない。
だって私は最初から、一哉の『妻』だったんだから。


ただ一人、事情を知ってる芙美だけが私の退職と渡米に驚き、涙目で喜んでくれた。
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