ホテル王と偽りマリアージュ
「旧姓使用届出してるし。それに芙美は私のこと名前で呼んでくれてるんだし、名字なんかどうでもよくない?」


そう言ってむくれながら椅子を引いて腰を下ろす。
デスクからやりかけの書類を取り出し、パソコンが起動するのを待つ間、芙美は隣でクスクス笑っていた。


「ネットニュース、見てみ? 大きく出てるよ。『大手高級ホテルチェーン社長ご子息、ご結婚!』」


マウスをカチカチとクリックする音を隣のデスクから聞きながら、私は無言で溜め息をついた。
やがて起動した自分のパソコンで、芙美が見ていたネットニュースを開いてみると、更に気分がドーンと沈む。


「ねえ芙美。こんなに大きく報道されちゃうのに、一年後に離婚なんて出来るのかな……」


周りの同僚には聞こえないように、軽く頭を屈めながらコソッと小さく呟いた。
私と同じ体勢を取って、芙美も小声で答えてくれる。


「だって皆藤さん、一年後にはアメリカに行くんでしょ。問題ないって。そういう契約なんでしょ?」

「でも私は日本に残るんだよ」

「社会的に重要なのは『皆藤社長誕生』で、『水沢椿(みずさわつばき)』なんて名前の一OLに誰も関心持たないわよ」


そうだろうか……。


先に姿勢を正して仕事を始める芙美を横目に、私はぼんやりと両手で頬杖をつき、ネットニュースから目を逸らして、深い溜め息をついた。
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