ホテル王と偽りマリアージュ
「……椿……」


唇の先で小さく私の名前を呼んで、ベッドに仰向けに横たわる私に、一哉はゆっくり身を乗り出してきた。


一哉の影が顔に落ち、私の視界は彼の顔でいっぱいになる。
一哉がなにをしようとしてるのか、その答えが頭の中で閃いた途端――。


「っ……!!」


私はぎゅっと固く目を瞑って、全身を強く強張らせた。
顔のすぐ前で、一哉が息をのむ気配を感じた、次の瞬間。


「……」

「お休み、椿」


一哉の声に導かれるように、私は恐る恐る目を開けた。
一哉が再びベッドの横に両腕を置き、そこに顎を載せるのを視界の端の方で意識しながら、私はそっと額に手を当てた。


唇に触れると思った感触を、私が感じることはなかった。
ただ一つ伝わってきたのは、冷えピタの上から額を軽く押された感覚だけ。
そこだけ一瞬冷たくなって、それ以外の温もりは、落ちてこなかった。


私は拒んだんだろうか。
一哉が躊躇したんだろうか。


一瞬確かに覚悟した温もりが降ってこなかったことに、私はなぜだかきゅんとしながら、胸の疼きを誤魔化すように目を閉じた。
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