言えなかったありがとうを、今、伝えます。

2016年9月17日。
今日は秋祭りの日だ。
17時頃に森咲公園に集まって行く予定だ。
にしても、昨日アルバムを見た時のあの感じは何だったんだろう。天馬に、おかしくない?って聞いてみたけど、特になにも感じてなさそうだった。
なんか、すごく気持ちが悪かった。
吐きそうとかそういう感じじゃなくて、何かがつっかえているような...そんな感じなのだ。
そういえば、ことあるごとに疼くこの傷はなんでできたものなんだっけ?小さい頃のケガだと思ってたけど。誰に聞いても覚えていないのはおかしい。結構大きな傷だから、こけたとかいうレベルじゃないと思うんだけど。
「春馬ぁ?もうすぐ17時だけどー」
1階から、天馬の声が聞こえた。
もうそんな時間か。
「待って、今行く」
俺は、もやもやする気持ちを振り払って、リビングに降りた。

森咲公園につくと、既にみんなあつまっていた。
「悪い、遅れた」
「私達も今来たとこだし、いいよ」
早耶香が応える。
ああ、早耶香が来ること忘れてた...。
俺達は公園の隅に自転車を止め、たくさんの夜店が並ぶ、三丁目の大通りに向かった。
「確かここだったよな?春馬たちが轢かれたとこって」
天馬が聞く。
「ああ、そうだよ。」
なるべくこの場の空気を崩さないようにと、素っ気なく答える。
なのに早耶香ときたら、「あのときはびっくりしたよねー」と共感を求めてくる。
俺はどうしようもなく、「あ、射的やろーぜ!」と無理矢理ながらも話題を変えた。
まだ時間が早いせいか、射的だけでなく、どの店もそんなに並んでいなかった。
「んじゃ俺最初行くわ!」
と、凌ちゃんが店のおじさんにお金を渡し、鉄砲を受け取った。
凌ちゃんが狙いを定めたのは、大きめのエアガンだった。
まず、1発目。
パン!
「ああ~」
凌ちゃんの撃った玉は、エアガンの横スレスレをすり抜けていった。
そして、2発目。
パン!
ベシっ!
「おお!」
みんなから小さな歓声が上がる。
2発目の玉は、エアガンの隣にあったビッグサイズのポテトチップスを落とした。
「よっしゃ、ポテチゲット!」
凌ちゃんに続いて挑戦したのは、莉愛。
莉愛は1発目で、特大花火セットを当てた。
その後、輝晃、俺、天馬、早耶香、楼莉と続いたが、結局賞品をゲットしたのは凌ちゃんと莉愛だけだった。
「結構射的ってムズイんだなー」
輝晃がうなだれる。
確かになぁ。
と、突然莉愛が、
「ねぇねぇ、森咲海岸行ってさっき取った花火みんなでやんない?」
と言い出した。
「お、いーじゃん!やろーぜ!」
「うん!やろやろ!じゃ、海岸まで競走ね!いこ、早耶香ちゃん!」
楼莉が早耶香の手を取り、走り出した。
花火か。久しぶりだな。
って、あれ?みんなは?
「春馬っ!置いてくぞ!早く来い!」
かなり向こうで、天馬が叫んでいる。
「待てよ!みんな早えーよぉ...」
ったくもー!
俺ものろのろと走り出した。

やっぱり秋ともなると、日が沈むのが早いな。
海岸につくころにはもう真っ暗だった。
「いい感じに暗くなってきたなー」
と俺が呟くと、
「そだね。んじゃ、はじめますか!」
と莉愛が早速花火を袋から出し始めた。
花火するなら、水がいるよな。
でもバケツとかないし...と辺りを見廻していると、数十メートル先に、銀色のバケツが落ちているのを見つけた。
「俺水汲んでくるわ」
「春くん、バケツある?」
「あそこに落ちてるの使うから」
近づくいてみると、おもったよりキレイだった。
引っ付いた海藻を剥がし、バケツを拾い上げた。
海水を汲んで戻ると、もう準備は整っていた。
みんな一本ずつ花火をとり、順番に火をつけた。
俺が取ったのは七色に光る吹き出し花火だった。
「うお!やべぇやべぇ!ちょ、春馬どいて!」
いち早く火をつけた凌ちゃんが、花火が予想以上の勢いだったせいかおどおどしている。
「うわっ!あぶねーな!」
もう少しで火傷するとこだった。
危ない、危ない。
俺も花火に火をつけ、その場から離れた。
みんなで、ろうそくを囲むように円になった。
「春くんの花火、めっちゃ色キレイじゃん!」
「だよなー!でも勢いだったら凌ちゃんのがやべーよ!」
「おう!つかこれ、全然終わる気配がしねぇんだけど!」
「あはははっ」
やっぱみんなでいると楽しいなぁ。
ふと早耶香のほうを見ると、早耶香も花火を楽しんでいるようだった。
あれ?でも...。
早耶香の様子を見てると、心から楽しんでいるようには見えなかった。時折見せる哀しそうな表情から、そう感じた。
「はーるーま!おい!」
「あっ!えっ?な、なに?」
いけない、つい考え込んじゃった。
「花火、消えてるぞ。次のやんねーのか?」
「え?あ、ホントだ。やるやる。」
「大丈夫?春くん。無理しないでよ?」
楼莉が心配そうに顔を覗きこんできた。
「あー、うん。大丈夫。ちょっと考え事してただけ。」
「それならいいんだけど...。」
俺は燃え尽きた花火の棒をバケツに突っ込んだ。
燃え尽きてから時間が経ちすぎたせいで、ジュッという音さえしなかった。
「春馬!新しい花火!」
莉愛が差し出した花火を受け取り、ろうそくに近づけた。
シュウっと花火に火が移った。
その瞬間、シャーっと色とりどりの火花が吹き出す。
音も無く地面に舞い落ちた火花たちは、あっという間にその色をなくし、灰となっていった。
俺もこんなふうに死んでいくんだろうか。
そんな柄でもないことを考えてしまう。
と、視界の隅に、早耶香がこちらに向かって歩いてくるのが映った。
「春馬くん。」
「...何?」
つーっと首筋を冷や汗が伝う。
早耶香は、驚かないでほしいんだけど、と前置きをしてこう言った。
「これを見てほしいんだ。」
そして、自分の手のひらを俺のほうに差し出してきた。
暗くなってきていても十分わかる。
そこには、何も無い。
そう。“何も無い”のだ。
今俺の目に映っているのは、月明かりに照らされてキラキラと光る砂浜だけだ。
「どっ、どういう...こと...?」
つまり、早耶香の手首から先が“消えている”ということだ。
分かってる。でも、解らない。
今、俺の目の前で、一体何が起こっているんだ?
周りを見渡しても、おかしな所は何も無い。
みんなは花火に夢中で、俺達のことなど気にもとめていないようだ。
俺はもう一度、目の前の有り得ない光景に目を向けた。
早耶香がようやく口を開いた。
「私ね、もう死んでいるの。」
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