言えなかったありがとうを、今、伝えます。
episode.4✩⋆。˚──深い藍に呑まれる
episode.4✩⋆。˚「深い藍に呑まれる」

2016年9月16日。
結局俺は、念のために数日病院に泊まり、ようやく今日退院することになった。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました。」
迎えにきた母さんが医師に頭を下げる。
それをみた俺も、慌ててお辞儀をした。
「お大事に」という医師の声を背に、家に帰るべく、車に乗り込んだ。
家までの道中、母さんに、「ほんとに心配したんだから!」と、軽く怒られてしまった。反省。
しばらくして、家に到着した。
今日は平日なので、父さんは仕事、天馬は学校に行っていて、家には誰もいなかった。
でも、なんだかんだで家に帰るのはかなり久しぶりで、少し嬉しくなった。
母さんも仕事があるということで、さっさとでていってしまったので、とりあえず自室に向かった。
「ふぅ…」
久しぶりのベッドに腰掛け一息ついていると、机の上に放置されていたスマホが、ブーっと低く唸った。
なんだろ、と思いながらスマホの電源を入れる。
慣れた手つきでメールボックスを開くと、天馬からだった。
時間的に今は授業中のはず。あいつまさか授業中にスマホいじってんのか?全く...。
そんなアホな兄貴からのメールはこうだった。
【体調のほうはどうだ?もし大丈夫そうなら、冷蔵庫の俺のプリン食ってもいいぞ!特別にな~!】
あいつが本当に俺のことを心配してるとは思えないけど、少し嬉しかった。
それに、超ケチな兄貴が自分のプリンをくれるっていうのも、かなりすごいことだと感じる。
ここはお言葉に甘えて、プリンをいただこうかな。
天馬に短く返信して、俺はリビングに戻った。
冷蔵庫を開けると、確かにプリンが入っていた。
取り出してみると、フタのところに付箋が貼ってあった。
そこには、『絶対食べるなよ! 天馬』と書かれている。
ほんっと、天馬らしいな。
ソファに座って、プリンのフタをペリペリとめくる。
ふわっとほんのり甘い香りがした。
プリンを食べるのはいつぶりだろうか?
小さい頃はよく食べてたけど。
スプーンで少しすくって口に運ぶ。
あー、やっぱうまいわ。
俺はあっという間に完食してしまった。
キッチンに行き、空になったカップをゴミ箱に捨て、またソファに戻った。
さて、これから何をしようか?
少し考えたけど、やっぱりすることが思いつかない。
俺はなんとなく、目の前に置いてあったいつのか分からない新聞を手に取った。
と、そのとき、その新聞の束から、ひらりと一枚のチラシが床に落ちた。
何だろうと思い、拾い上げてみると、秋祭りのお知らせのチラシだった。
秋祭りとは、毎年この時期になると行われる、夏祭りに次いで2番目に大きいお祭りだ。俺は毎年友達と行っている。
今年はいつやるんだろうとチラシをよく見ると、開催日は明日になっていた。
明日かあ...行きてぇけど母さん許してくれるかなぁ?
あ、そうだ、みんなに行くか聞いてみよ。
俺は、チラシを片手に部屋に戻った。

***

真っ暗闇の中、俺は一人で立っている。
ここはどこだ?
そのとき、暗闇の中から白い手が俺に向かって伸びてきた。誰だ...?相手のものと思われる髪の毛が頬を撫でる。
気持ち悪い...。
どんどん相手は近づいてくる。
...やめろ...こっちに来んな...
白い手が俺の首筋に触れる。
やめてくれ...おいっ...!
どんどん距離が縮まり、相手の顔が見て取れるほどになった。
お、お前は...!
首筋の傷が疼きだす。
やめろぉ......早耶香ぁぁっ!!

「...はっ!」
ここは...自分の部屋?
早耶香もいない...?
じゃあ今のは夢...なのか?
けど夢にしてはあまりにもリアルで...
全身汗だくで、呼吸も荒い。
「はぁ...はぁ...」
十数年生きてきて、最大の悪夢だ...。
てか俺いつから寝てたんだろう... ?
みんなに秋祭り行く?ってメールしたとこまでは覚えてんだけど...。
時計を見ると、今は午後11時だ。
もしあのときから寝てたとすると、10時間くらい寝ていたことになる。
あー、完全に時間無駄にしたわー...。
ふとスマホの電源をつけると、みんなから返信がきていた。
ひとつひとつタップして開いていく。
どうやらみんないけるようだ。
まあ問題は俺が行けるかなんだけど。
あ、そういえば、早耶香は学校に来たんだろうか?
さすがに行ってねぇよな...。
ブーッ!ブーッ!
「おわっ!」
手の中のスマホがいきなり鳴って、驚いた。
見ると、楼莉からのメールだった。
タップして開く。
【夜遅くにゴメンねー!秋祭りの件なんだけど、去年みたいにみんなで行くんだよね?だったら、早耶香ちゃんも誘っていいかな?みんなはいいって言ってるけど、春くんはどうかなって。見たら返信くださーい!】
...え?早耶香を秋祭りに誘う...って、こいつ正気かぁ?!嘘だろおい!
いつ早耶香とそんな関係になったって言うんだ?
確かに助けてもらったりはしたけど!
それだけだし!俺早耶香のこと友達だと思ったことねぇし!
それに!送ってくるタイミングが悪すぎんだよ!あんな悪夢を見た直後に、いいよ~なんて言えるかよ!
でも、みんないいって言ってんのに俺だけダメだっていうのも、すっげぇ嫌なヤツみたいじゃねぇかよ...。
あーもうっ!
俺は半ばヤケクソで、楼莉に【わかった。いいよ。】と返信した。
なんで毎回早耶香がついてくんだよ...。
にしても、あいつが転校してきてから色々とおかしい。
あいつはいったい何を企んでいるんだ?
もう訳が分からない。
むしゃくしゃして、つい足元にあったゴミ箱を蹴っ飛ばしてしまった。
幸い、ゴミ箱の中は空だった。
飛んでいったゴミ箱は、ガンッ!と音を立てて、向かい側にあった本棚にぶつかった。
と、その拍子に、本棚から1冊のアルバムが落ちてきた。
元の場所に戻そうと思い近づくつと、それは5年生のときのアルバムだった。ちょうど学級写真のページが開かれている。
「お。懐かしいなあ...」
つい見入ってしまって、ひとりひとりの顔を確認するように見ていくと、おかしな所を見つけた。
ある女子と女子の間に、ちょうど1人分の隙間があるのだ。まるで、もともとそこに誰かがいたように。
首筋の傷が今までとは比べものにならないくらい激しく疼いた。
これって...?

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