エリート専務の献身愛
 辻先生がなにを考えているのかわからない。
 なんで、自らあの日のことを蒸し返すような話題を振ってくるの?

 訝し気な目を向け続ける私に、彼は大袈裟に驚くような話し方で続けた。

「城戸さん、すごいね。まさか、あんなハイスペックな男を捕まえるなんてさ。あぁ、彼も君に目を引かれたのかな? 彼が在籍しているのはシアトルだろう? かなりの遠距離だ。外資系の社内恋愛はグローバルだねぇ」
「はい?」

 なにを言っているの?

 私の眉間の皺はますます深くなる。

 浅見さんの勤務先がシアトルというのは知っている。だけど、『社内恋愛』って、なにを勘違いしているんだろう。

 話についていけなくて、ただ辻先生に怪訝な顔を向ける。それにも関わらず、辻先生の態度は変わらず堂々としたものだ。
 むしろ、挑発するような笑顔でわざとらしく首を傾げる。

「あれ~? ただの社員ならともかく、付き合っているなら、まさか知らないわけないよねぇ?」
「……なにをですか?」
「え! 城戸さん、話してもらっていないんだ。へぇ。それはそれは」

 なんなの? これは、この間の仕返し?

 嫌味な言い方をされて、つい心の中でむっとしてしまう。

 だって、どうして私がそんなふうに当たられなくちゃならないの? そもそも、先に仕掛けてきたのは辻先生のほうなのに。

「すみません。次に行かなければならないので。辻先生も学会帰りでお疲れだと思いますので、これで」

 気まずいうえに、なんだか居心地の悪い雰囲気が堪らなくいやで、なるべく顔には出さないようにこの場を切り上げようと頭を下げる。

 言い終わるのとほぼ同時に、一歩踏み出した。そのとき。

「あの『浅見』という男、いろいろと忙しいみたいだよね。日本へもつい最近来たんだろう?」
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