エリート専務の献身愛
 夕方まで外回りをし、帰社してから書類と睨めっこ。

 毎日それの繰り返しで、帰宅するのは大体夜八時。
 スーツも脱がずにぽふっとベッドに横たわり、ボーッと部屋を眺めるのがいつもの流れ。

 疲れた。お腹も空いているけれど、足もじんじんするし、動きたくない。

 帰宅後すぐに、ブラウンのラグの上に座り込んで脱力する。
 踵に貼った、営業先の薬局で買った絆創膏に血が滲んでいる。

 明日もあの靴を履くのかと思うだけで、すごく憂鬱だ。

 「はぁ」と重苦しい息を無意識に足元へ落としたところに、ポケットから着信音が聞こえてきた。

「もしもし」
『あ、瑠依(るい)? 仕事終わった? メシある?』
「今帰ってきたところで、ご飯はまだ……」
『あー。そっか。じゃ、いいや。どっかで食って済ますわ』
「え、あ、由人(よしと)く」

 名前を呼び終える前に一方的に通話を切られ、思わず手を伸ばし掛けてしまった手をだらんと下げた。

 ……いつもこう。確かに、『仕事仕事』って言っている彼女なんか可愛くないのかもしれないけれど。
 だけど、実は少し前から、もうちょっと接し方があるんじゃないかって思っている。

 今の電話なんか、明らかにお母さんとのやりとりみたいな会話だったし……。

「私、食堂のおばちゃんじゃないんだけど!」

 そうかといって、本人にはなかなか言えない本心。
 それをひとりきりの部屋なのをいいことに口にして、むん!と顔を上げ携帯をベッドに放った。

 すると、怒りも忘れさせるような空腹の音が室内に響いて我に返り、またひとつ溜め息をついてキッチンへと向かう。
 私は冷凍食品のピラフを開封して、お皿にザッとあけた。
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