エリート専務の献身愛
「待って。どこ行くの? 元々はランチに誘ったっていうこと忘れてた?」

 その表情を見るのは二度目だった。

 あれだけ修羅場でも動じない精神を持っている人が、私に縋るような目を向ける。
 ただでさえ断るのが苦手なのに、綺麗な顔で懇願されたら無下にできない。

「でも……」

正直、そんな気分にはなれない。

由人くんへ未練はないとはいえ、ちょっと前の出来事は私にとって結構な大事件。
すぐに切り替えられるほど器用でもない。

言葉を濁していると、浅見さんは私の左手を取った。大きな手のひらに包まれるように繋がれ、少し強引に引き寄せられる。

「こんな時だからこそ、誰かと美味しいものを食べたほうがいい。あ、そこのお店にしてみよう」

手を引かれ、連れて来られたのは一軒の蕎麦屋。

浅見さんは蓬色の暖簾を、頭を下げてくぐる。初めは引き戸に小首を傾げていたけれど、すぐに気づいて扉を開けた。
 私たちが店内に入ると、「いらっしゃいませ」と明るい声が聞こえてくる。

 たまたま訪れたのは、下町風の蕎麦屋さんだった。

 店内は座敷の席が三席に、カウンターが八席。店内には、カウンター席にひとりのお客さんと、私たちの席から一席挟んだ入り口側に三人連れのお客さんがいた。

 白い三角巾を被った店員のおばさんが奥の座敷席へ案内してくれた。

「あ……靴を脱ぐんです」
「ありがとう」

 浅見さんは恥ずかしそうに笑って靴を脱ぎ、座布団に座る。
 私も向かいに座ったものの、結局流されてしまったと、ばつが悪くなり視線を落とした。
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